「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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私立竹下学園百人一首部奮闘記 1年目5月-2
 *

「あーーー、ごめんなさい、地味な人の名前を覚えるのってどうも苦手で……」
 言い訳を言っているのか、それともさりげなく僕を蔑んでいるのか、瀬尾さんは更なる追い討ちをかける。
「あらあら、ダメじゃない、早未ちゃん、本当のことを言ったらヤマガワ君がどんどん気を落としてしまうわよ」
 ……玉野先輩、それも追い討ちです……
「ま、まあそれはそれとして」
 小倉先輩がぎこちなく場を繕う。
「現時点での新入部員が揃ったことだし、今日はとりあえず2人には百人一首の初歩の初歩、札を覚えてもらうところから始めましょうか」
 そんな小倉先輩の言葉に、僕は2つの疑問を抱く。
 まず1つ目。
「初歩の初歩って……瀬尾さんは入学式の日にはもうここに来てたって聞いたけれど、それなのにまだ何もしてなかったの?」
「ええ……陸上部の勧誘がひどくて、なかなかこっちに顔を出せなくて……って、ヤマガワ君よく知ってたわね、わたしの入学式の日の行動なんて」
「あ、う、うん、友達に聞いてね」
 丁度さっき、谷からその話を聞いたばかりだ。あれ、でもそれで谷は何を言いたかったんだっけ? まあそれはどうでもいいことだ、クラスメイトにさえヤマガワ君と呼ばれてしまうことに比べれば……
「ちなみに我が部は決して兼部を否定しないが、それでも陸上部に入るわけはないのだね?」
 春野先輩が意味深な口調で尋ねる。
「そりゃあわたしだって、そういう選択肢を考えなかったわけじゃないですけれど、あの陸上部の部長の言うことがどうしても納得できなくて……」
「ほう、一体やつはどんなことを言ったのだね?」
「百人一首部『なんか』に兼部することは許さないですよ! そりゃあ一般的な知名度は低いから、誰もが魅力を理解してくれるとは限らないことは分かりますよ。でもだからって、わたしが好きになったものを全否定して、自分の価値観を押し付ける人が部長をしている部『なんか』と兼部はしたくありません!」
 ことさらに『なんか』を強調しながら、瀬尾さんがすごい剣幕でまくし立てる。相当頭にきていることがわかる興奮っぷりだ。
 そしてそれは、触れがたいと同時に羨ましくもある姿だった。なぜってこれほどまでに好きと言えるものが、今の僕にはとても思いつかないから……
 あ、それで思い出した。もう1つの疑問。
「そうか……あいつはそこまで言ってたわけか……まあそういうことなら、俺が今後は勧誘をしないように伝えておこう、やつには色々とつてがあるからな」
 春野先輩がそう締めくくったところで尋ねる。
「そういえば先輩、1つ尋ねておきたかったんですけれど、ここって何をする部なんですか?」
 その場にいた全員の目が点になる。何か変なことを言っただろうかと思いつつ、更に質問を重ねる。
「百人一首部っていうから、てっきり和歌の解釈でもする部なのかなって思っていたんですけれど、和歌を覚えるところがスタートなんですよね。それじゃあ何かおかしい気が……」
「ちょっ、ちょっと待って、ヤマガワ君、あなた入学式の日のデモンストレーションは見てないの?」
 小倉先輩が僕の言葉を遮って尋ねる。
「デモンストレーション……? ああ、そんなのもあったらしいですね」
「あったらしい? と仰るということは、もしや……」
 そんな玉野先輩の質問に、僕は期待通りの返答をする。
「はい、校長先生の話からずっと寝ていました」
 先輩方が落胆のため息をついたことは言うまでもない。

 *

「うおーーー!」
 思わず驚きの声をあげる。
 起こってしまえば、それは一瞬だった。
朗々と詠みあげられる和歌、束の間の静寂、そして驚くほどの速さで突き出される両者の右腕。距離のハンデがあるためか、それらは辛うじて接触を免れ、春野先輩が先に札に触れる。
「あらあら、そんなに分かりやすいリアクションをしていただけると、こちらとしてもやりがいがありますわね」
 と言ってる玉野先輩は札を詠んでいて、取りには参加していなかったりする。
 とにもかくにも、百聞は一見に如かずとは言ったもので、僕はそれだけで1つの思考に思い至る。
「こんなこと出来るわけないじゃないですか!」
 自慢じゃないが、僕は昔からノロマなことが唯一無二の特徴みたいな男だ。先生からいつも言われる言葉は、ボーっとするな。
 そんな僕に、あんなことが出来るわけがない!
「何も最初から、あのスピードを期待はしないさ。とはいえ、1,2ヶ月も練習すればそれなりの成果は出るのだがね」
 そう言って春野先輩は、フフフと不敵に笑いながら、右手中指で眼鏡をクイッと持ち上げる。
「まあそれはおいといて、とりあえず段階を踏んでやっていくわよ、今日の課題はさっきも言ったとおり札を覚えることね。今日の目標は……まあ50枚ってところかしら」
 サラリと小倉先輩が言ってのける。
「ご、50枚ですか? いきなり?」
 さすがに瀬尾さんも驚きを隠せないらしい。
「そう気負うことはありませんわよ、覚えるといっても、上の句と下の句を全部覚える必要はないんですもの」
 玉野先輩が優しく告げる。
「全部覚える必要はない?」
 それで本当にいいのだろうか?
「そうだな、順を追って説明しよう」
 そう言って一息ついてから、春野先輩の説明が始まる。
「まずは基本的なルールからだな。今の俺たちの様子を見ていれば分かっただろうが、この競技では百人一首の札、100枚全てを使うわけではない。お互いに25枚ずつ、計50枚の札を取り合い、先に自分の陣にある札、25枚を取りきった方が勝ち、という……まあ言ってしまえばルールはそれだけの、非常にシンプルな競技だ。勿論もう少し細かな規定はあるが、基本的にはそれが本質と考えてもらっていい」
 春野先輩の話を聞きながら、畳の上に目を移す。お互いに3段ずつ、整然と並べられている札の様子は、こらから起こる何かに向けた布陣を連想させる。とはいえなるほど、なんだか見た目の印象は違うけれど、結局はかるたの一種……って点に変わりはないわけだ。
「一ついいですか?」
「なんだい瀬尾君?」
 挙手した瀬尾さんに、春野先輩が君付けで答える。
「自分の陣の札を取りきったら勝ち……って言いましたけれど、そしたら相手の陣の札を取る意味がないんじゃないですか?」
「いい質問だ」
 出来の良い生徒に巡り会った教師のような表情で、春野先輩が答える。
「相手の陣の札を取ったときは、自分の陣にある札を1枚、相手の陣に送ることが出来るのだよ。そうすれば総合的に見れば、こちらが1枚減ることになるだろう?」
「なるほど、分かりました」
「そんなわけでこの競技、ルールはさほど難しくない。お手つきに関しては少しややこしいのだが……それは今日のところはひとまずいいとして……勝つための大原則、これも非常に分かりやすい。相手より多くの札を、より早く取ればいい、それだけのことだ、簡単だろう?」
 確かにこれの本質がかるただと言うのなら、それが勝つための方法だというのは理解できる。でも……
「簡単って……僕にはとても簡単そうには思えないんですけれど……」
 ノロマな僕にあれ程のことが出来るなんて、とてもじゃないけれど思えないよ……
「ふむ……その質問は単純でありながら、競技かるたの本質を突く難しい質問だ」
 そんな僕の他愛ない呟きに、意外にも春野先輩は考え込むような仕草を見せる。
「相手より早く……それは必ずしも相手より速くを意味せず、さりとて小細工を弄することにかまけて、速さを疎かにしていいわけではない……」
 そんなことをブツブツ呟くと、春野先輩は自分の世界に没頭し始めてしまった。
「……海、自分の世界に没頭するのはその辺にして、とりあえず説明に戻ってくれるかしら」
「お、おお、そうだったな。すまんすまん」
 そのまま深淵に沈むかと思われた春野先輩だったけれど、小倉先輩の声で現実に引き戻されたらしく、わざとらしく咳払いをして見せてから話を再開する。
「まあここはひとまず、勝つための方法論の簡易性についてはおいといて、だ。随分遠回りしてしまったが、札をより早くとるためのスタートライン……決まり字についての説明だ」
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私立竹下学園百人一首部奮闘記 -目次-
相当久々の更新となってしまいました、私立竹下学園百人一首部奮闘記。
皆さんのツッコミによっては、もっと大々的に発表していく……かも?

1年目4月-1
1年目4月-2
1年目4月-3 2007/5/25更新
1年目5月-1 2007/7/1更新
1年目5月-2 2008/5/2更新

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私立竹下学園百人一首部奮闘記 1年目4月-1
 ――多分それは、一目惚れってやつだった――

 *

 桜並木の中を、ゆっくりと、歩く。
 入学式に合わせたかのように咲き誇る満開の桜たちが、澄み切った青空に薄桃色のアクセントを加える。
 壮観、と呼ぶに相応しいその景色は、けれどもわたしの心を晴らすには至らない。
「……はーーー」
 今日、何度目になるか分からないため息を――いや、もっと正確に言うならば、あの報せを受け取ってから何度目になるか分からないため息をつき、うつむかせていた視線を上げる。
 正面に鎮座する校門に据えられた、まだ真新しい校名のプレートには、

竹下学園


 と記されている。何度見直したって変わりはしない。
 そう、ここ私立竹下学園、わたしの第一志望校であった県立鶴畑高校ではないのである。
 頭脳明晰、容姿端麗、運動神経抜群、八方美人のわたしには、第一志望校である鶴畑高校に落ちる原因など何一つないはずだった。
 直前の模試でも、ぶっちぎりのA判定をとっていた。
 しかし現実は残酷で、わたしのたった一つの隙を見逃してはくれなかった。
 即ち、慢心という名の隙である。
 直前の模試だけではなく、滑り止めで受けたここの試験で学費全額免除の特待生資格を得たこと、それがわたしに慢心を生んだ――
 重い足取りのわたしを蔑むかのように、わたしの横を追い越していく同級生たちの顔はどれも明るい。
 分かってはいるのだ。ここだって決して悪い環境ではないことくらい。
 まだ開校してから4年しか経っていないが、既に難関国立大への合格者を幾多も輩出している。文武両道を重んじている甲斐もあり、インターハイとまではいかなくとも、それに後一歩といった成績だって、各部活で残している。
 また、開校してからの経過年数が短いがゆえに、校舎であれそれ以外の設備であれ、どれも真新しい。
 それに一部の人にとって魅力的であろうことに、この学校には制服が存在しない。正確には一昨年度まであった制服が、昨年度からは標準服という扱いになったのだ。
 さすがに今日は入学式だから、あまり私服姿の生徒は目立たないが、それでもチラホラと見受けられないこともない。
 かくいうわたしは毎朝服を選ぶ手間をかけたくないので、今日もこれからも標準服で登校するつもりなので、あまり関係ないのだけれど。
 でも、この学校がどれだけ魅力的であろうとも――ここは鶴畑高校ではない。たったそれだけの事実が、わたしの胸を締め付ける。
 ……愚痴ったところで始まらない。ぼやぼやしていると、入学式が始まってしまう。
 わたしは夢も希望も抱けずに、この竹下学園への最初の一歩を踏み入れた。

 そこで待っている日々が、わたしの想像をはるかに超えた、夢と希望とちょっぴりの辛苦で満ちたものであることなんて、少しも知らずに。

 *

「……で、あるからしてー、君たちには有意義な学校生活を送ってもらいたくー……」
 校長の話は長くて退屈、という大原則はどこの学校であろうと違いないらしい。折角、禿頭にビスマルク髭と、ユーモアのセンスはあるみたいだから、少しくらい面白い話をしてくれたっていいだろうに。
モチベーションの低さもあいまって、わたしは襲い来る睡魔との闘いに身を投じなくてはならなかった。やっぱ、いきなり入学式から居眠りなんて、体面悪すぎるし。
 とはいえ、アルファ波垂れ流しの校長の話を聞き続けるのは、あまりに辛い。いや、アルファ波の効能は決して睡眠ではないし、むしろアルファ波は睡眠時には減少してしまうし、そもそもアルファ波は脳波の一種であって、アルファ波を垂れ流すなんてありえないんだけど……
などと徒然なる思想に耽りながら、もういい加減、眠ってしまおうかと投げやりになりかけたその時、校長の話にやっと終わりが見えてくる。
「……というわけなので、今日は各部活動にそれぞれのPRをしていただきます。先ほども説明したとおり、君たちが各部活動に入部できるのは、特別な事情がない限り、5月の半ば、最初の実力試験が終わってからです。ではなぜPRを入学式である今日やるのかというと、今、この場であれば、保護者に対するPRも同時にできるからなわけです。それに君たちの学生生活を左右するであろう部活動について検討する時間は、長い方がいいだろうという配慮もあるわけです。それでは、前置きが長くなりましたが、私の話はこの辺にして、早速PRに入ってもらいましょう」
 そう言うと、校長はこちらに向かって一礼、振り返って正面の旗に一礼すると、降壇する。すると、いつから控えていたのか、舞台袖からわらわらとユニフォーム姿の集団が現れる。
まだ4月だというのに肌を剥き出しにしたそのユニフォームは、わたしも中学の間に着ていたユニフォーム――そう、陸上部のものだった。
 陸上部のPR自体には、これといって変わったところはなかった。2,3年生で総勢約20人の部員が集結して、ざっと活動内容を報せるだけである。ある意味、一番強烈なインパクトを与えたのはユニフォームだったと言えるだろう。
 説明を聞きながら、やはりわたしは陸上部に入るのだろうかと、ぼんやり考える。
 走ることは好きだ。
 でも中学の部活で、陸上だけでは何か満たされないものがあったのもまた事実だった。
 そこにあるどうしても越えられない壁が、わたしの心をモヤモヤさせていた。
 わたしはそれを、高校でも陸上を続けることによって埋めるつもりだった――つもりだったのだが、鶴畑高校に落ちたことがそんなわたしの気持ちを挫いていた。
 可もなく不可もない陸上部のPRが終わり、一つ決意する。
 このPRの間で、何もわたしの琴線に触れるものがなければ、そのときは陸上部に入ることにしよう、そしてもし何かあったときは、その時は――

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私立竹下学園百人一首部奮闘記 1年目4月-2
 *

 PRは、えてして文化系の部活では気合が入っていて、体育会系の部活ではそれほど熱心ではないことが多かった。
 なんとなく逆の方が自然のような気もするが、よく考えれば当然のことかもしれない。なぜなら野球部やサッカー部のような体育会系の部活は、普通、PRなどしなくても、勝手に部員は入ってくる。それに対して文化系の多くの部は、黙っていたらそもそも存在を知ってもらえない恐れがある。そこに熱意の差が生じることになるのだろう。
 それにしてもここの部活は随分とバラエティーに富んでいた。
 体育会系では、陸上、サッカー、野球、テニスといった定番どころだけでなく、ラクロス、アメフト、相撲といった、他ではなかなかお目にかかれそうにない部活の姿も目立つ。
 文化系になるともっとすごい。軽音楽部、鉄道研究会、パソコン研究会を皮切りに、漫画研究会、アニメ研究会、イラストレーション研究会と、素人目には違いが分からない部活が紹介されていく。
 もっとも度肝を抜かれたのは、玉野忍(たまのしのぶ)ファンクラブだった。聞くところによると、玉野忍とはこの学校の生徒の一人であるらしい。そんな一生徒に対してファンクラブができてしまうというのも恐ろしいが、それが部活として認可される点も驚きだ。こんなPRを保護者の前でしてしまっていいのだろうか。
 そんな風にして、校長の話を聞き続けるの比べて、はるかに退屈しないPRタイムが続いたが――どの部活も、わたしの琴線に触れるには至らなかった。
 やっぱり陸上部に入ろうかな……そう考えているうちに、いよいよ最後の部活のPRが始まった。
 最後の部活は変わっていた。直前の囲碁部が舞台袖に引っ込むと、眼鏡をかけた男の人が1人で1枚、そして女の人が2人で1枚畳を持って登場したのである。
 その畳だけでなく、出で立ちもまた奇妙だった。皆、お揃いのTシャツに、ジャージ姿なのである。
 何をするのかと思っていると、その2枚の畳を隣接させて、畳を運び込んできた男の人と、女の人のうちの一人が、こちらに対して横を向けて向かい合わせに畳の上に座り、何かを並べ始めた。
 出席番号の都合で、どちらかと言えば前の方に座っているわたしでさえも見えなかったのだ。おそらく何を並べているのか、ちゃんと見えている人は少ないだろう。
 体育館の中がざわつき始める。当然といえば、当然のことだろう。
 さて、これからどうやって始めるのだろうと思っていると、残っていた一人の女の人がすっと前に出る。
 綺麗な人だった。容姿端麗なわたしでさえも嫉妬してしまいそうないなるくらいに。
 長い黒髪を真っ直ぐ垂らし、柔らかな笑顔をたたえる彼女を一言で例えるならば、それは正に大和撫子だった。
 なんとなく、思う。もしかしたらこの人が先ほど話に出ていた玉野忍なのではないだろうか、と。この人にならファンクラブが出来るというのもうなずけてしまう。
 そんなことを考えていると、彼女はそっと、静かに右手の人差し指を唇に添える。
 それは幼稚園の先生が、子供たちを静かにさせるときに使うような、ほんの他愛もない動作だったけれど――たったそれだけの動作で、会場が静まり返った。
 それに満足したのか、彼女は軽く一度頷いてみせると、後ろを振り返る。いつのまにかに用意が出来ていたらしい。畳の上で正座していた二人も彼女に向かって頷く。
 それを確認すると、彼女は再び前を向き、大きく息を吸ってから、
難波津に 咲くやこの花 冬ごもり
 詠み始めた。
 その声は、マイクを使ってもいないのに、朗々と体育館中に響き渡る。あの華奢な体つきのどこから、一体あれほどの声量が出てくるのだろう、と不思議に思う。
今を春べと 咲くやこの花 今を春べと 咲くやこの花
 彼女の詠みに合わせて、畳の上に乗っていた二人が、腰を浮かせる。
 一体何が起こるのかと身構えていると、
む……
 2人の手が、弾かれたかのように畳の上の一角目指して飛び出す。
 刹那の交錯。
 直後、畳を叩く重い音が響き渡るのとほぼ同時に、畳の上の何かがこちらに向かって飛んでくる。
 その何かはわたしの目の前の人の何人かを飛び越え、わたしめがけて迫ってくる。
 とっさにそれを掴み取る。
「いつっ」
 飛んできた何かは、小さくて、片手で掴み取れるほどだったが、やたらに堅かった。
 そっと手を開いて見ると、そこには、
「われてもす ゑにあはむ とそおもふ」
 と縦書きで3列に記されていた。
「これってもしかして……」
「そこの人、大丈夫?」
 声の方を見ると、先ほど何かを朗々と詠みあげていた人が、わたしのほうを心配そうに見ていた。
「あ、はい、大丈夫です」
 一瞬、自分のことを指しているのだと気づくのに遅れて、返事が慌て気味になってしまう。
「そう、良かった」
 そう言って、彼女は心からの安堵の表情を見せてくれた。
 気づくと、後の二人もいつのまにか畳から降りて、こちらを心配そうに見ていてくれていた。
 そんな気遣いを嬉しく思っていると、わたしに声をかけてくれた女の人が、舞台袖からマイクを受け取って、
「さて、少々皆さんにはご迷惑をおかけしてしまいましたが、いかがでしたでしょうか。これが私(わたくし)たち百人一首部が行っている、競技かるたです」
 百人一首部……そうか、やっぱりこれは百人一首だったんだ、と手の中の札を改めて見直す。小さい頃、よく祖父の家で正月になるとやっていた。ただ、その時はこんなにも激しくなかった気がするけれど……
「百聞は一見に如かず、というわけでまずは皆さんに競技風景を見てもらったわけです。百人一首部には、様々な魅力があります。まずは、ご覧の通り競技において、男女の垣根がない点です」
 言われてみれば、さっきデモンストレーションを見せてくれた二人は、男の人と女の人だった。
 思っていると、今度は眼鏡をかけた男の人にマイクが手渡される。
「次に、この競技は、さっき見てもらえれば分かったと思うが、頭でっかちじゃ勝てない。相応の練習と、相応の体力が必要になってくる。もちろん記憶力、集中力といった、頭を使ったスキルも必要になってくる。ロジカルな面とフィジカルな面をこれほど見事に併せ持った競技は、他にはそうそうない」
 確かにさっきのような激しい動きに加え、記憶力、集中力が要求されるとなれば、これほど特殊な競技はそうそう見つかるものではないだろう。
 そしてマイクがもう一人の女の人――つまりさっきデモンストレーションを見せてくれた女の人に移る。
「最後に、この勝負は本当に一瞬の差で雌雄が決する、スピード感溢れる競技です。時には1/100秒、あるいはそれ以上の差で勝負が決まることもあるくらいです。この緊迫感は、他では味わえるものではありません」
 さすがにそれほどの差を、中学時代に競い合ったことはなかった。なぜって、ストップウォッチで測れるタイムにはどうしたって限界があるから。
「これを見て、少しでも興味を持ってくれた人は、ぜひ礼法室に来てくださいね!」
 最後は、最初の女の人がウインクとともに呼びかけて、PRが終了した。

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私立竹下学園百人一首部奮闘記 1年目4月-3
 *

「はー、緊張したー」
 礼法質に畳を運び終えるなり、彼女はそう言って寝転がった。
「きんちょー? よりによって美雪が? お前に限って緊張なんて……って、いたっ!」
 皮肉げな男の声に、言われた少女は、ローキックで返事する。
 彼は脛をさすりながら、
「つつつ、それにしても忍、最後のウインクはサービスしすぎだろ、なんだかやけに大量の男子生徒が倒れる音がしたぞ、主に舞台袖で」
 と、もう一人の少女を諌める。
「あらあら、それは大変でしたわねえ」
 ニコニコと、男の忠言もどこ吹く風で、彼女は返事する。そのため彼は、体育館の中にいた新入生たちが倒れなかったのは、そもそも椅子に座っていたからだという事実を伝えそびれる。
「それにしても、あのデモンストレーションは失敗でしたわね……」
「うむ、まさかお前があそこまで大胆に払うとは思っていなかったからな」
「うう、それを言われるとあたしも弱い……」
 セミロングの少女がさっきまでの気勢を落として答える。
「でもまあ、怪我人がいなくて幸いでしたわ」
「確かに、怪我人が出たらPRどころではあるまいて」
「あ、そういえば、飛んでいった札の回収はどうする?」
「確か札をお取りになったのは、1年5組の方でしたわね」
「む、1年5組といえば、我々がぜひ百人一首部に入れたい二人の逸材も、1年5組の生徒だったな」
 右手の中指で眼鏡の中ほどをクイッと持ち上げてから、男が呟く。
「あら、そんなのいたの? 確か経験者は全部鶴畑高校に流れたって聞いたけれど……」
「ふふふ、そういうと思ったよ。だが君たち、これを見るがいい」
 そう言って彼がポケットから取り出したのは、1年生の名簿だった。
「……これって、確か1年生にしか配布されないんじゃなかったっけ?」
「細かいことを気にするな、とにかくここと、ここを見たまえ」
 彼が指差す先を二人の少女が目で追う。その言わんとするところを理解し、
「あらまあ」
「これは確かに」
 二人とも、驚きの声をあげる。
「どうだ、ぜひとも入れたいだろう。というわけでこの2人に関するパーソナルデータを……」
 と、言いかけた言葉をノックの音が遮る。
「お! 早速見学希望者か!」
「それはさすがに早すぎる気がするけれど……」
 言いつつ、彼女は立ち上がってドアを開けてやった。

 *

 ドアを開けてくれたのは、デモンストレーションを見せてくれたほうの女の人だった。
「あら、あなた、さっきの。札を持ってきてくれたの? それともどこかにやっぱり怪我を?」
 不安げな面持ちで尋ねてくる。こうして間近で見ると、この人はこの人で随分と綺麗な人だ。もう一人の人とはベクトルが違うけれど――例えて言うなら、この人は月を連想させる美人、そしてもう一人は太陽を連想させる美人だった。
「いえ、怪我なんてしてません。札を持ってきたのも目的の一つなんですけれど……でも、それ以上に、わたし、この部に入部したいんです!」
 わたしがそう宣言すると、彼女は一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐにそれを喜色へと変えた。
「ええ、もう、そりゃあぜひとも!」
 わたしの両手をとり、ぶんぶんと大きく上下に振る。
「なんと、本当に入部希望者だったか」
「あらまあ、そんなこともあるんですねえ」
 残る2人も後ろから現れる。
「いやいや、これは幸先がいいなあ、ちなみに君は、経験者ではないよな?」
 眼鏡をかけた男の人――良く言えば理知的な、悪く言えばずる賢そうな顔つきだ――が尋ねてくる。
「はい、全くの未経験です」
「そうかそうか、ならば俺たちのことは当然知らないだろうな。俺の名前は春野海(はるのかい)、2年生でここの部長をやっている。そしてこっちが――」
「あたしは小倉美雪(おぐらみゆき)。同じく2年生で、ここの副部長をやってるわ」
 春野さんの言葉を遮って、月を連想させる美人の方が答える。
「そして私(わたくし)が玉野忍(たまのしのぶ)ですわ。ここの会計をやらせていただいておりますの」
 1年生のわたしにさえ、馬鹿丁寧な物腰の彼女は、やはり玉野忍さんであった。後でファンクラブについて詳しく聞いておきたいところだ。
 そんなことを考えていると、
「もしよかったら、どうしてこの部に入ろうと思ったのか、その理由を聞かせてもらえないだろうか、ぜひとも今後の参考にさせてもらいたいのでね、やっぱり俺たちのうちの誰かの話に共感できた、ということだろうか?」
 春野さんが、右手の中指でクイッと眼鏡の中ほどを持ち上げてから尋ねる。癖なのだろうか。様になっているからいいけれど。
「そうですね……あえて言うなら全部です」
「全部?」
 不思議そうに玉野さんが聞き返す。

 ――彼女は言った。この競技には男女の垣根がないと。
 わたしが中学の時に陸上部で感じた壁、それは男女の差。努力だけではどうしても埋められない壁だった。

「はい、うまく口には出来ませんけれど――」
「何、それならそれでも構わないさ、そのままの気持ちを教えてくれればいい」
 わたしに緊張させまいと、春野さんが声をかけてくれる。

 ――彼は言った。この競技は、ロジカルな面とフィジカルな面を併せ持った競技だと。
 確かにわたしは走るのが好きだった。でも、疑問もあった。陸上は、頭脳明晰にして運動神経抜群なわたしの長所を活かしきれていないのではないかと。

「そうですね。それじゃあ一言で言ってしまうと……」
「一言で言ってしまうと?」
 小倉さんが、楽しみでならない、といった表情でこちらを見つめる。

 ――彼女は言った。この競技は時に1/100、或いはそれ以上の速さを競う競技だと。
 それこそが、元々わたしが求めていたものではないだろうか。ストップウォッチで計れるような、それだけのもので満足してしまっていたことが、わたしの心にモヤモヤを生んだのではないだろうか。

「なんなんでしょうね?」
 今は――今はまだ、この気持ちを口にすべきではない気がする。
「おっと、そこでそう来るか」
 苦笑気味に春野さんが呟く。
「……って、玄関口で長話しすぎちゃったわね。一旦上がったらどう?」
 小倉さんが提案する。
「あ、お言葉は嬉しいんですけれど、今日のところはちょっと用事があるので……」
 今日はさっさと帰って、母と一緒に昼食を食べに行く約束をしているのだ。ちなみに人ごみが嫌いな母は、入学式に来ていない。
「あらまあ、それは残念ですわ」
 本当に寂しげな表情で、玉野さんが呟く。
「本当にすみません……あ、そうだった、これを渡さなきゃ、ここに来た意味がないですよね」
 ポケットに入れっぱなしだった札を取り出して、目の前の小倉さんに手渡す。
「ああ、そうだったわね……そっか、せおはやみだったか……」
「え?」
 思わず聞き返す。
「あら、どうかしたの?」
「いえ、どうしてわたしの名前をご存知なんですか? まだわたし、名乗ってませんよね?」
 わたしが訪ねると、小倉さん自身もどうやら事態が飲み込めていないらしく、目をパチクリさせている。
「……あたし、あなたの名前を呼んだりしたかしら?」

「呼んだじゃないですか、わたしの名前、瀬尾早未なんですよ」

 *

 わたしの気持ちを一言で言ってしまえば、それはきっと『恋』だった。

 多分それは、一目惚れってやつだった。

 そう、わたしは百人一首に恋してしまっていた。

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