「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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悪魔に会うために プロローグ
 プロローグ

 まず断っておくと、俺はあの四日間の出来事を克明に記すことができると断言できるほどの自信を持ち合わせていない。俺の筆力が圧倒的に不足していることは言うまでもないだろうが、彼女は残念ながら物理的には存在していなかったため、写真や映像が残っていない分、彼女に関するすべての記録は俺……いや、俺たち――木山光一・木山春奈・薗部ほのか・下川政史・藤崎卓弥・太田直之――の認識のみに頼らざるを得ない以上、仕方がないことだと思ってほしい。
 そしてついでにもうひとつ断っておくのなら、俺たちはあの出来事がなぜ、誰が、何のために起こしたのかを説明する術を持たない。彼女の言葉を借りるのなら、あの四日間は『神様の神様のいたずら』ということになるのだが、それを答にするわけにもいかないだろう。
 曖昧だらけであまりにも非現実的な四日間だったが、それでもその四日間に関する事実の中で、ひとつだけ確かなことがある。

 俺は、あの四日間を――――そして彼女――――薗部佳歩のことを絶対に忘れない

 ――さて、前置きはこのへんにして、話を始めよう。俺が物語の始まりを自覚した、三月二十八日の出来事から――
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

悪魔に会うために -目次-
ある朝、木山光一が目覚めると、目の前に見知らぬ少女が。
彼女は言う、自分は自分を殺した悪魔に会うためにここへ来たのだと。
光一は友人達の協力を得て、悪魔を探す手伝いをするのだが、これといった手がかりは見つからない。
迫る刻限、悪魔とは誰なのか、そして少女はなぜ光一の下へ現れたのか。
真実が明かされるのは、最後の日――

プロローグ

第1章 In my room
 幕間 木山光一の与り知らぬ逸話―木山春奈の場合―
第2章 Order us around
 幕間 木山光一の与り知らぬ逸話―下川政史の場合―
第3章 To the memorable places
 幕間 木山光一の与り知らぬ逸話―藤崎卓弥の場合―
第4章 Meet again
 幕間 木山光一の与り知らぬ逸話―太田直之の場合―
第5章 A sad parting
 幕間 木山光一の与り知らぬ逸話―薗部ほのかの場合―
第6章 Devil's name

エピローグ

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

悪魔に会うために 第1章 In my room
 第一章 In my room

「光一ー、そろそろ起きなさーい」
 階下からの母さんの声に目を覚ます。首を反らせてベッドの外枠に置いてある時計に目を向けると、時刻は既に十二時を回っていた。
「寝すぎたなあ……」
 寝ぼけた頭のままひとりごちた第一声はそれだった。しかし段々と覚醒するにつれ、満更寝すぎたわけではないことに気がつく。なぜなら昨日――正確には昨晩から今朝にかけて――「大学に入る前に一度くらいは挑戦しようじゃないか」という政史の提案で、初めてカラオケのオールに挑戦した結果、ベッドに入り込んだのは七時前だったのだから。睡眠時間五時間強は、むしろ最近の自分にしては少ない。大学に入ったら、毎日こんな感じになるんだろうか。
 そんなことをぼんやりと考えつつ、伸びをしながらゆったりと上半身を持ち上げると、違和感を覚えた。何かがいつもと違う。
 なんだっけ。
 ああそうか、日光だ、と考える。いつも通りの時間に起きれば、上半身を持ち上げたとき、開け放たれたカーテンから差し込んだ日光が丁度顔の辺りに当たり、俺の重いまぶたをこじ開ける手助けをしてくれる。
 だが今朝(正確にはもはや朝ですらない)はいつもより起きる時間が遅かったから、そういうことにはならなかったんだ、と勝手に納得していると、
 
 視界にセーラー服が入った。

 ん? 今のは一体? そんな単純な考えでセーラー服が視界に入った方向――つまり部屋の反対側に目を向ける。そして俺の認識は良くも悪くも間違っていたことを知る。
そこにはセーラー服が雑然と置かれていたわけではない。とはいえ、セーラー服が無かったといえば嘘になる。回りくどい言い方をしたが、話は単純だ。

そこには単にセーラー服があったわけではなく、セーラー服を着た少女が眠っていたということだ。

 さらに悪いことに、その少女は年齢は俺と同じくらいで十八歳前後と思われ、ショートカットで、目は閉じているからはっきりとはわからないが、まつげは長すぎず短すぎず、整った鼻筋に、全体的に小さめの顔にフィットした小さめの唇を持っていたのだが、俺はそんな組み合わせの顔つきを持った少女を今まで見たことはなかった。

 一言で要約しよう。ある日、俺の部屋に、何の前触れもなく見知らぬ少女が現れたのだ。

 そこまで考えて、一気に目が覚める。
 これは一体どういうことだ?
 視線を彼女に釘付けにしたまま、いくつかの可能性を考える。
 目が覚めたという事実と矛盾するが、真っ先に考えたのがこれが夢である可能性。
 そこで自らの頬をつねってみる。それほど鋭い痛みではないが、痛みは間違いなくある。やはり夢ではないらしい。なぜ頬をつねるという手段が、夢かどうかを確かめるための手段の代名詞になったのだろうと現実逃避ができるほどだ。
 次に考えたのは妹の春奈のイタズラである可能性。
 だがさすがにこれは却下していい案だろう。あいつがイタズラ好きとはいえ、いくらなんでも兄の部屋に制服を着たまま眠っている少女を入れるなんてことはしないだろう。というか、そんなことをすることがあれば、もはやそれはイタズラと呼べたものではない。
 俺が次なる可能性を検討しようとしていると、少女の体が動いた。俺がこのまま彼女を見つめ続けていいものかどうか逡巡しているうちに、彼女の目がゆっくりと開かれていく。
 結局、俺は彼女から目を逸らすことはできなかった。ショートカットの髪のすきまからこぼれる、彼女の意志の強さを感じさせる瞳は、俺が目を逸らすことを許してくれなかったからだ。
 彼女が目を開けたところで改めて彼女の印象を端的に表すなら、それは「美麗」。そしてそれを象徴するのが、先ほどまで閉じられていた彼女の瞳だった。ただきれいなだけではなく、凛々しさも兼ね備えたその瞳は、まさに「美麗」と呼ぶに相応しかった。
 そう、俺は彼女の、とりわけ瞳をじっと見つめていた。そんな時に彼女が顔を上げれば、必然的にある状態が導かれる。
 俺と彼女の視線がぶつかった。
 俺は言葉に詰まる。さて、何から聞くべきか。いや、しかし彼女が現状を理解しているとは限らない。やっぱり最初は無難にあいさつからか?
 彼女は彼女で、目を見開いたまま、何も言ってくれない。

 暫しの沈黙。

 先に沈黙を破ったのは、彼女の方だった。慌てて居住まいを正すべく正座すると、
「あ、えっと、すみません、いきなりこんなところに現れたりして。驚かれたでしょう?」
 そう尋ねてきた。
 どうやら少なくとも彼女は現状を理解しているようだった。さっき懸念した、彼女さえも現状を理解していないという最悪の状態は回避されたようだった。
 それにホッとしたからか、彼女につられる形でベッドの上で正座しながら、
「まあ驚いたかどうかといえば驚いた」
 とひどく間抜けな返事をしてしまう。返事ついでに、なんとなく自分が寝間着のままであることがひどく申し訳ないことであるような気がしてくる。そんな俺の様子を見てクスリと笑うと、彼女は言った。
「思ったより落ち着いていらっしゃるんですね、木山光一さん」
「いや、落ち着いているというよりはこれ以上ないくらい驚いて、もはやリアクションをとることができないというかなんというか……」
 そこまで言ってはたと気づく。彼女は俺の名前を知っている。俺は彼女のことを少しも知らないが、彼女は俺のことを知っているようだった。どうやら現状もある程度は理解しているようだった。
 この混乱しきった状況をいち早く理解するためには、彼女から話を聞くのが手っ取り早く、かつ確実な方法であるらしい。そう思い当たった俺は、彼女に質問をぶつけることにしたが、寝起き直後でかつ混乱しきった頭で導き出せる答えは非常にちんけなものだった。
「てか、君は、誰?」

 その一言、たった一言で彼女は寂しげな表情を浮かべたように見えた。

だがそれは本当に――本当に一瞬のことで、すぐに何事も無かったかのように笑顔を見せて彼女は答える。
「そうですね、ではまずは自己紹介から。私の名前は薗部佳歩です」
「薗部?」
「はい!」
 彼女の顔が希望に溢れる。その意味も分からないまま、俺は思ったことを素直に口に出す。
「薗部ってことは、お前はほのかの親戚か何かなのか?」
 薗部ほのかは家の二軒隣に住んでいる、まあ言ってしまえば幼なじみってやつだ。確かに言われてみれば、どことなく彼女はほのかに似ているような気がしないでもない。どこがと具体的に問われると困るのだが――
 だがそんな俺の問いに、彼女はとても残念そうな表情を見せつつ、それでも笑顔でポツリと呟いた。
「やっぱり、私のことなんて覚えていてくださらなかったんですね」
 そのとき初めて俺は、彼女と今までどこかで会ったことがあるような気がした。それもそんなに最近のことではない。むしろ、何年も前にどこかで――
「俺は……お前と会ったことがあるのか?」
「いえ、ありませんよ」
 あっさりと彼女は否定する。
「え?」
 それなら、さっきの呟きは一体どういう意味だというのだろう。
「会ったことはありませんけれど、あなたは私のことを知っているはずです。現に今、私のことが見えているし、私とこうして話しているでしょう?」
 混乱は解消されるどころか、ますます深まっていく。
「何の話だ? なんでお前と話していることが、お前を知っていることの証明に――」
 言いかけて気づく。
 いや、別に彼女の発言の意味するところに気づいたわけではない。俺が気づいたのは、誰かが階段を上ってくる足音だった。急ぐでもなく、ゆったりと踏みしめるようなその足音は――
「母さんか……」
 扉の方に視線を移しつつ、母さんが彼女のことを知っている可能性を考慮する。彼女の正体云々に気をとられて忘れていたが、そもそも彼女がどこからどうやってこの部屋に入ってきたのかを、俺は知らない。別にこの部屋には鍵はついていないから、母さんか春奈の手引きがあれば、俺の部屋に入るのは苦もない。しかし俺の直感は、彼女は母さんや春奈の手を借りることなくこの部屋にやってきたと告げている。それに、あえて彼女がどちらかの手を借りたとするならば、それはきっと春奈だろう。即ち、母さんは彼女のことを知らない。
 俺がその結論に至ったのと、部屋のドアノブが下がるのはほぼ同時だった。当然といえば当然である。我が家の構造は、未来から来た某猫型ロボットが居候している家とほぼ同じであり、階段の段数なんて大したことはない。俺が足音に気づいた時点で、考える時間なんてあってないようなものだったのだ。
 扉が開ききる前に、さっき以上のスピードで現状を考察する。
 主観的に見れば、俺は、いつの間に部屋に入り込んだのか分からない少女を前にうろたえる一学生に過ぎない。だが客観的に見ればこの状況は――目を覚ましたばかりの時間に、自分の部屋で同じ年頃の異性と一緒にいるなんて状況は――
 結論が出る頃には、扉は開ききっていた。母さんと目が合う。
 さて、俺は一体どんな言い訳をすればいいんだ? 正直に何も分からないと言えば、俺はこのどうしようもない現状を打開できるというのだろうか。俺がなんと言えばいいのか迷っているうちに、母さんが先に口を開く。

「なんだ光一、起きてたんならさっさと降りてきなさい。昼ご飯用意してあるから」

 母さんの言っていることが、理解できるがゆえに理解できなかった。母さんは彼女のことを気にもかけていないようだった。いや、気にかけていないというよりはむしろ気づいていないというかなんというか……
 ハッと、そこでさっきの彼女の言葉を思い出す。

「現に今、私のことが見えているし、私とこうして話しているでしょう?」

 まさか、俺は彼女のことをたとえ今は忘れているにしても、知っている。だから、彼女の姿を見たり彼女と会話できたりするんであって、母さんは彼女のことを知らないから彼女のことが見えない――そういうことだというのだろうか?
「多分、今お考えの通りですよ」
 声の方を見ると、これでわかってくれましたか? と得意げな表情を見せる、彼女の姿があった。春奈、他多数が証言するところによると、俺はすぐ顔に考えていることが出る性質らしく、これはそんな俺の性質を示すモデルケースと言えるかもしれない。
「どうしたの、光一、そっちに何かいるの?」
 そんなことを考えつつ、今度は母さんの声の方を見る。母さんは母さんで、彼女がいる方向を見てはいるものの、本当に彼女に気づいていないらしく、首を傾げてから再びこちらに視線を向ける。
「そういえば、どうして正座なんかしてるの?」
「あ、いや、別に深い意味はないよ」
 足をくずしながら母さんの顔をじっと観察する。とぼけているようには見えないし、やっぱり母さんは本当に彼女のことが見えていないようだ。
「ふーん、そう。じゃあ昨日も言ったとおり、母さんはそろそろ出かけるから、ちゃんと昼ご飯食べときなさいね」
 そう言ってドアを閉めて階段を降りていく。
 足音が聞こえなくなってから、再び視線を彼女に戻す。
 起きてから容易には理解できない事態が起こってばかりだったが、今のは本当に理解できなかった。だが、さっきよりはマシに頭が働いてくれた結果、俺は我ながらなかなか上々な質問をすることができた。
「最初から、順を追って説明してくれないか」
 彼女はコクリと頷いた。

「では改めて自己紹介させていただくと、私の名前は薗部佳歩です。服装を見ていただければ分かると思いますけれど、鶴畑高校の生徒です。いえ、生徒でした、という表現が適切かもしれませんね」
 一瞬、それは自分と同じようにこの春で高校を卒業したってことだろうかと考える。が、さっきのことを思い出してもっと納得の行く説明に思い至る。
「なんせ私は、もう既に死んでしまっているのですから、鶴畑高校の生徒って表現には語弊がありますよね」
 やっぱりというかなんというか、彼女はこの世の人ではないらしい。
「つまり……あれか、お前は幽霊だってことなのか?」
「それはそれで語弊がある気がしますけれど、そう考えてもらって構いません」
 幽霊……か。そう呼ばれる存在に遭遇したのが生まれて初めてであることを差し引いても、どうもピンとこない。なんと言っても彼女の存在感が有りすぎるのが問題だ。足もあるし、透けてもいない。これで幽霊と言われても、どうにもすっきりしない。
 とはいえ、彼女がそういった存在の一種であるらしいということは、さっきの母さんの反応からして間違いないだろうから、納得せざるを得ない。
「ちなみにさっきもチラッと聞いたが、お前はほのかの親戚か何かなのか?」
 さっき聞いたときは有耶無耶になってしまった質問を、改めて投げかける。
「いえ、親戚……というわけではありませんね。無関係というわけでもないですけれど」
 言葉を選ぶようにしながら、彼女はそう告げた。
「無関係じゃない……か、具体的にはどんな……」
「言えません」
 それまでの慎重な、どちらかといえば低姿勢な物言いからはかけ離れた、やけにきっぱりとした口調で話が遮られる。その勢いにたじろぎつつも、問う。
「言えないって……どうして?」
「それが『ルール』だからです」
 噛み締めるように、彼女は『ルール』という言葉を使った。
「『ルール』って、一体何の?」
「それは……うん、やっぱり順番に話した方が分かりやすいと思うんで、先に私がどうしてここに現れたのかを説明したほうがいいかと思うんですけれど……」
 確かにそれは、ぜひとも聞いておきたいことではある。何の理由もなく、伊達や酔狂でいきなり部屋の中に幽霊が現れた……ってんじゃ、納得できるものではない。
「それが先のほうが分かりやすいっていうのならそれで構わない。先に話してくれ」
 俺が思いつく限りでは、幽霊が現れる理由の定番は、この世の未練を晴らすためだ。だとすると、この薗部佳歩と名乗る少女もまた、この世になんらかの未練を残しているということなのだろうか。
 俺の返事を聞くと、彼女はコホンとわざとらしく咳払いを前置きにして、告げた。

「私がここに現れたのは、私を殺した悪魔に会うために……もっと正確に言うなら、悪魔に会ってある人の名前を言わせるためなんです」

 気が遠くなりそうになる。サラリと自分は殺されたと言ってのける彼女に、そして幽霊の次に悪魔がお出ましするという事態に。果たして俺は、どこまで彼女の話を信じていいのだろう。
 空耳の可能性を考慮して、あえて尋ねる。
「……お前を殺した悪魔に会って、ある人の名前を言わせる?」
「はい、その通りです」
 躊躇なく返事されてしまった。悪魔の存在が仮に彼女にとって日常的であったとしても、せめて自分が殺されたという事実に対してはもう少しためらいがあっていいのではないだろうかと思いつつ、あえて聞く。
「念のために確認しておくと、その悪魔ってのは本当の本当に悪魔なのか?」
「あ、正確には勿論『悪魔のような人』って意味ですよ。他にもいくつか呼び名みたいなものがありますけれど、ややこしくなりますし、とりあえず『悪魔』って呼ぶことにさせてください」
 少しホッとする。この少女の存在自体肯定していいものかどうか悩みどころだが、さらに悪魔まで肯定させられた日にはたまらない。
 ただ冷静に考えれば、彼女がその誰かのことを、『悪魔のような人』と形容するのも当然のことかもしれない。彼女はその悪魔に殺されたと言った。誰だって、自分を殺したやつのことを、悪魔呼ばわりしたくもなるだろう。
「で、その目的がどういう風に『ルール』ってのに繋がる……」
 途中までいいかけて、また気づく。
 今度はバタバタと小走りの足音だった。こんな足音をたてるのは、我が家において一人しかいない。
「次は春奈か……」
 ぼそりと呟く。さっきのように慌てることはない。春奈にも彼女の姿は見えないだろうから、ゆったり構えていればいい。そう考えながら、ドアの方へ視線を向ける。
 ……でも春奈が彼女のことを知ってたら、見えちゃうんだっけ。
 そう思い当たるのと、ドアが乱暴に開かれるのはほぼ同時だった。
「光一ー、休みだからっていつまで寝て……」
 最後まで言わずに、春奈の視線が彼女とぶつかる。

 暫しの沈黙の後――

 ドアは乱暴に閉められた。春奈には全力で見なかったことにされてしまった。
 ……春奈にも彼女の姿は見えるのか……
「ちょ、ちょっと待った!」
 慌てて立ち上がり、ドアを開ける。そこにはまだ呆然と立ち尽くしたままの春奈がいた。
「誤解するなよ、春奈。言っておくけどあいつは……」
 そこで言葉に詰まる。なんと言えばいいんだろう。
 結局さっきは言い訳を考える時間はなかったわけで、おまけに俺が彼女について知っている情報はまだ決して多くはない。その情報を全てそのまま伝えたところで、何の説明にもならないだろう。
「べ、別にいいんじゃないの、光一も四月から大学生なんだし、彼女の一人や二人連れ込んだって……」
 らしくない気の回し方をされて、逆に困惑する。てか、大学生だろうとなんだろうと、彼女を二人連れ込んだらまずいだろう。
「だからー、あいつはそういうのじゃなくて……」
 言いかけた俺を遮ったのは、階下から聞こえてきた電話のベルだった。
「あ、あたし電話に出てくるよ!」
「あ、おい、待てよ!」
 これ幸いといわんばかりに、春奈は、止めるのも聞かず、振り返ることもせずに階段を駆け下りていく。
 まあ電話を無視するわけにもいかないし、どうせここにいたって俺にまともな説明ができたわけでもないだろうから、ある意味正しいっちゃ正しい選択なんだろうけれど。
 釈然としない思いを抱えつつ、ベッドに戻る。
 さて、どこまで話していたかなと考えていた俺に、彼女はとんでもないことを言ってのけてくれた。
「春奈さんって、光一さんのお姉さんだったんですね」
 彼女の顔を見る。嫌味など少しも感じられない、純粋に、新たな発見を喜ぶ表情だった。それだけに効果は抜群だった。
 深いため息をつきつつ、かなり久々のその言葉を告げる。
「……春奈は、俺の姉じゃない……妹だ」
「え!? だってあのしんちょ……」
 最後まで言わずに口を噤んでくれた心遣いが逆に悲しい。
 そう、俺の身長は一七〇センチ強と、この年齢としてはまずまずの身長なのだが、いかんせん春奈の身長が一八〇センチ弱とでかすぎるのだ。結果として、俺は二つ年下の妹に、背の高さで負けてしまっているのである。我ながら不甲斐ないことこの上ない。
 昔はそのことが原因で、いろいろな場で俺の方が年下に見られてしまっていた。最近ではそういう機会――春奈と一緒に、自分たちのことを知らない誰かと会う機会――がほとんどなかったので、妹より年下に見られるという精神的ダメージは忘れかけていたダメージだった。というか、正直、できればこのまま永久に忘れておきたいダメージだった。
「あ、あの、すみません、失礼なことを言ってしまって……」
「いや、いいんだ……あいつの方が俺より背が高いのは事実だし、いつもあいつは家の中じゃ俺のこと呼び捨てにしているし……」
 もう一度深いため息をつきつつ、改めて彼女と向き合う。
「まあとりあえず、あいつに説明ができる程度には、お前の話を聞いておこうか。さっきから言っている『ルール』ってのは何のことだ?」
「あ、そうですね、そもそも私が悪魔にある人の名前を言わせなくちゃいけないのは……」
「おにいちゃーん、電話ー、ほのかさんからだよー」
 今度は春奈の大声で話が遮られる。さっきから遅々として話が進まない。
 イライラしながら、後でかけなおすように伝えてくれ……と言いかけて気づく。このタイミングでのほのかからの電話は果たして偶然なのだろうか。もしやほのかは彼女のことについて何か知っていて、それで電話してきたのではないだろうか。
 そうでないにしても、ほのかが彼女のことについて何かを知っている可能性は高い。何せ苗字が同じなのだ。何らかのつながりがあると考えるのが無難だろう。実際さっき彼女自身も、親戚ではないものの無関係ではないと言っていた。
 それに正直、彼女の話を自我を保ちながら一人で聞くのは、段々きつくなりつつある。ここで気の置けない仲の友人を巻き込むのも一つの手かもしれない。
 そこまで思い至ると、「ちょっと待ってくれ」と彼女に告げてから、俺は階段を駆け下り、春奈から受話器を奪い取る。
「もしもし、ほのかか? 今からすぐそっちに行くから、ちょっと待っててくれ」
『え? 今から来るって、別にそんなわざわざ来てもらうほどの用事じゃ……』
「俺の方にわざわざそっちに行かなきゃいけない用事があるんだよ。そうそう、春奈とあともう一人連れて行くからそのつもりで」
 後ろから「ちょっと、なんであたしまで」という抗議の声が聞こえるが気にしない。
『ちょっと、突然そんなこと言われても……』
「じゃ、また後で」
 みなまで言わせず、電話を切ろうとして、一つだけ最後に確認しておくことにした。
「ちなみにお前、薗部佳歩って名前に聞き覚えはあるか?」
『佳歩? さあ、私の知り合いにはいないと思うけれど……』
「そうか、それならいい」
 やはりというかなんというか、ほのかが彼女のことについて何かを知っている可能性についてはあまり期待できないなと思いつつ、電話を切り、すぐに横にいる春奈に聞く。
「母さんはもう出かけたか?」
「とっくにね、でもどうしてあたしまでほのかさんの家に……」
「すぐに準備しろよ、俺も準備するから」
 言い捨てて今度は階段を駆け上がる。
 部屋の中ではさっきから正座を崩さないままの彼女がいた。
「予定が変わった。今からほのかのところに行くことにしたから、話の続きは行きがけと向こうで頼む」
 告げながら、たんすの中から着替えを取り出していき、じっとこちらを見つめる視線にハタと気づく。
「ついては着替えなくてはならないので、部屋の外に出てもらえると助かるのだが……」
「ああ、そういうことですか」
 ポンと顔の前で両手を叩くと、彼女はいそいそと開け放たれたドアから部屋を出て行く。
 彼女が部屋を出ると、俺は扉を閉め、さっさと着替え始めた。



 後から考えると、この時の会話には不可思議な内容ばかりでなく、不自然な内容も随分含まれていた。
 しかし信じられないと心の中でぼやきつつも、無意識のうちに彼女の話を全面的に信じている自分がいたこと、そしてなんだかんだ言いつつ彼女の助けになろうとしていた自分がいたことは、否定しがたい事実である。
 そしてそれもまた、ある意味では、俺が彼女のことを心の中のどこかでは覚えていたというささやかな傍証になるのかもしれない。
 もっとも、それもその時点では全く意味をなさないことではあった。
 そう、悪魔にある人物の名前を言わせるための四日間において、俺が彼女のことを心の中のどこかで覚えていたなんてささやかな事実は、それだけでは本当に少しの意味もないことだった。

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悪魔に会うために 幕間 木山光一の与り知らぬ逸話―木山春奈の場合―
 幕間 木山光一の与り知らぬ逸話 ―木山春奈の場合―

 薗部佳歩が現れる数ヶ月前の八月某日――


 森に囲まれた、よく言えば静かな、素直に言えばさびれた墓地の中で、比較的新しく、こぢんまりとした墓石の前にあたしは立っていた。
 その墓石には、小林家之墓と記されている。
 あたしはそこでゆっくりとしゃがみこむと、静かに目を閉じ手を合わせた。
 不思議な感じだった。ここは去年まで、あたしにとっては伯父と伯母の墓――はっきり言ってしまえば、顔を見たこともない誰かさんの墓でしかなかった。
 でも思いもしないことに、三月のあの日、この墓にはそれ以上の意味が与えられることになった。そう、それは――
「なんだ、こんなところにいたのか、春奈」
 声の方を振り返ると、そこには兄――木山光一がいた。今日だけは――今日だけはできることなら、一人にしてほしかった。二人は気を遣ってくれたけれど、何も知らない光一にそれを求めるってのも無理な話か。
「そう、こんなところにいたんだよ。光一も一緒に墓参りしない? あたしがどれだけ大きくたくましく育ったのか、折角だから光一と比較して見せてあげたいし」
 途端に光一の顔がしかめ面になる。最近ではこのネタでからかわれることは多くなかっただけに、しかめ面度は通常の二倍弱といったところだろうか。
「ったく、最近はそのネタを聞かないから、てっきり自粛したのかと思っていたが――」
 自粛……ねえ。まあそれもまんざら間違っていないけれど。
「まあいいか、そうだな、今のうちに伯父さんと伯母さんに挨拶しとくかな」
 そういうと光一はさっさとあたしの横に座って目を閉じ、手を合わせた。あたしも慌てて再び姿勢を元に戻す。
 目を閉じる前に、チラリと横を見る。長い間一緒に暮らしてきたあたしだから言えることだが、普通にしていれば大したことない光一も、眼を閉じた横顔だけは反則的にかっこいい。この中途半端振りが光一らしいといえば光一らしいのかもしれないが。

 ――いや、そろそろけじめをつけてもいい頃だろう。折角手に入れたこのチャンスを他ならぬあたしが認めなければ、あたしのこの想いはいつまで経っても報われない。そう、あたしは――――
「よし、じゃあそろそろ行くか」
 いきなり立ち上がられて思わず驚き、そしてまだ墓に向かって肝心なことを伝えていないことを思い出す。
「あ、ちょっと待って……じゃなくて、待たなくていいや、もう少しだけやっておきたいことがあるから先に戻っていいよ」
「そうか、じゃあ先に行ってるな」
 兄の、いや、義兄の後姿を見送ると、再び正面に向きなおり、胸の内で呟く。

『お父さん、お母さん、見ていてくれてますか? あたしは元気でやっています』

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悪魔に会うために 第2章 Order us around
 第二章 Order us around

 着替えを終えて階段を駆け下りる。短い廊下を曲がり、玄関へ向かうと、二人の視線がこちらに突き刺さってきた。
 一つは春奈のきつい視線で、もう一つは薗部佳歩のいたたまれなさげな視線だった。
「待たせたな、じゃあさっさと行こうか」
「ちょっと待ってよ、光一。まずはあたしにも分かるように説明してもらってもいいと思うんだけど」
 いらだたしげに春奈が尋ねる。普段なら人前では俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶだけの分別があるのだが、今はそれもない。
「それができれば俺も苦労しないさ。ま、俺が分かる範囲なら歩きながらでも話すし、わからない分についてはこいつから聞くしかない」
 言いながら、あごで薗部佳歩を示す。
「大体そもそも、この人は一体誰なのよ! それくらい教えてくれたっていいでしょう?」
 左手で薗部佳歩を指しながら、噛みつかんばかりの勢いで春奈が尋ねる。
 あまり期待はしていなかったが、春奈は春奈で、薗部佳歩のことを知ってはいても現時点で覚えているわけではないらしい。念のために確認しておく。
「やっぱりお前は、こいつのこと知らないのか?」
 言われて春奈はきょとんとした表情になる。
「あたしがこの人を? 多少は鶴畑に知り合いがいるけれど、この人は初めて見る顔だよ」
 返答は予想通りのものだった。やはりここでグズグズしているのは勿体無い。
「そうか、ならやっぱりさっさとほのかの家に行くことにするか」
「ちょっと、どうしてそういうことになるの? まずは説明してもらわないと……」
 さて、どうしたものか。俺の場合は彼女のことを知らない母さんのリアクションで彼女が幽霊のような存在であると信じることができたが、今、母さんは家にはいない。どうすれば春奈にそれを信じさせることができるだろうか。
 そんなことを考えつつ、春奈の文句を背中で聞き流しながら、下駄箱から靴を出すときに気づく。
「そういえばお前、靴はあるのか?」
 薗部佳歩の方を振り返りながら聞く。
「言われてみれば……ありませんね」
 言うまでもなく彼女は、靴下は履いていても靴を履いてはいなかった。玄関にそれらしい靴も見当たらない。考えてみればどうやって彼女が俺の部屋に入ったかはまだ聞いていないが、少なくとも玄関から堂々と、というわけではないらしい。
「そうか……なら春奈、どれでもいいからこいつに靴を貸してやってくれないか?」
 春奈の表情がさらに険しくなる。
「靴を貸すって……まあ別にいいけどさ、どうしてこの人は靴を持ってないわけ? まさか靴下のままで家まで来たわけじゃないでしょう?」
 確かにその通りなのだが、どうしてと聞かれても説明できないものはできない。どうしたものかと考えていると、
「あのー、お気遣いは嬉しいんですけれど、靴は結構です。どうせ私には、靴を履くことなんてできないんですから」
 薗部佳歩の自嘲気味な呟きが、会話に割り込んできた。それは一体どういう意味だと聞こうとして、目の前の光景に釘付けになる。
 彼女の左手の手首から先。あるべきそれが、そこになかった。いや、正確には下駄箱と一体化していて見ることができない、と言うべきだろうか。
 彼女の左手は、まさしく幽霊のように下駄箱をすりぬけていたのだ。
「私はこの世界に物理的に干渉することはできません。ですから靴を貸していただいても、残念ながら、私にはそれを履くことはできないんです」
 サービス精神が旺盛とでも言えばいいのだろうか、彼女は自分の手を下駄箱にすり抜けさせて、また戻して、という作業を繰り返しして見せてくれた。
 さっきこいつは、自分のことを幽霊のような存在だといっていたが、それに対する客観的な――とはいえ必ずしも誰もが知覚できるわけじゃないから、正確には主観的と言うべきなのかもしれない――証拠が一つ増えたわけだ。
 釘付けになっていた視線を無理やり外して春奈の方に視線を向けると、春奈の表情は今までに見たことないほどに蒼白になっていた。俺とは違って前情報がなかった分、衝撃も大きかったのだろう。
「な、なんなのよ……これ……一体どういうこと?」
「俺が聞きたいくらいだよ、だからすぐにほのかの家に行こう」
 考えてみると、だからの前後に全く相関関係は見られないのだが、それほど衝撃が大きかったということだろう。春奈は素直にコクリと頷いてくれた。
 結局、薗部佳歩を靴下のままで外に出して、施錠をしてからほのかの家へと向かう。
 徒歩で一分も必要としないそこへ向かう最中に、一つだけ彼女に確認しておくことにした。
「ほのかの家に着く前に確認しておきたいんだが、さっきの質問の答え、まだ聞いていなかったよな」
「さっきの質問、ですか?」
「そう、『ルール』ってのが一体何なのかって話だよ」
「ああ、そのことでしたか。平たく言ってしまえば、私が蘇るための『ルール』と言ったところでしょうか」
 ……こいつの言うことに、一々驚いていたら身が持たないのではないだろうか。
「……今、蘇るって言ったか?」
「はい、あ、そういえばさっきはそれを言いかけて終わったんでしたね」
 忘れていました、とぼやいてから、彼女は告げた。

「悪魔に私の大切な人の名前を言わせることができれば、私は蘇ることができるんです。だから私は、悪魔に会ってその人の名前を言わせるためにここにやってきたんです」

 大きなため息を一つ、つく。
 ――道すがらに話を聞こうとしたのが馬鹿だった。さっきまではこいつの話を全面的に信じようが信じなかろうが、俺に損得は一切なかった。
 しかし今、俺は、彼女の話を信じるならばとても大きなものがかかっていることを知ってしまった。もしこれで俺が何もしないで、彼女の存在が消滅することになったら、俺にはもれなく罪悪感がついてくる。
 急に話が重くなっちまった、と思う。幸か不幸か、既にほのかの家の目の前だ。
「やっぱり話の続きは、後でゆっくり頼む」
 そう告げてから俺は、気持ちの整理を後回しにして玄関のチャイムを鳴らした。

 チャイムを鳴らしてすぐに、ほのかが玄関を開けてくれた。
「どうしたの、いきなり? わざわざ家に来るなんて……」
 改めてほのかの顔を見て思うのは、やっぱりどことなく薗部佳歩はほのかに似ている、ということだった。具体的にどこが、とはまだ言えないが、あえて言うならば雰囲気が似ている。
 薗部佳歩が着ているのは鶴畑高校の制服。ほのかが着ているのは、比較的ラフな私服。だが二人が身にまとう雰囲気は、なぜかどことなく近いものを感じる。
 薗部佳歩はほのかと『親戚ではないが、無関係でもない』と言っていた、後でその点について改めて聞いてみたほうがいいかもしれない。
 さて、俺がそんなことを考えている間に、ほのかは視線を薗部佳歩へと向けていた。
「ああ、その子がさっき電話で言ってたあと一人?」
 まずは第一段階クリアと言ったところだろうか。少なくともほのかは、彼女のことを知っているようだ。
「そう、まあちょっといろいろと確認したいことがあって。ちなみにほのかは、こいつのこと知ってるか?」
「私? さあ……見覚えはないけれど……どこかで会ったことあった?」
 とはいえ、やはり俺たち同様、彼女のことを知ってはいても覚えてはいないらしい。
「そうか……それならいいよ。とりあえず上がっていいか?」
「ま、とりあえずリビングでよかったら大丈夫だけど……」
「リビングね、了解」
 リビングと言われれば、そこは勝手知ったる他人の家。靴を脱ぐとさっさと俺は廊下を直進する。
 一瞬、薗部佳歩が靴を履いていないことをつっこまれたらどうしようかと思ったが、幸いにもほのかはすぐに俺のあとに続いたので、そこには気づかなかったようだった。
 どこから説明したものだろうか、と考えつつリビングに入ると、カウンターの向こうで洗い物をしているほのかのお母さんがいた。
「あ、どうも、お邪魔します」
「あら光ちゃん、家に来るのは久しぶりね」
「あれ、そうでしたっけ?」
「そうよ、たまにはおばちゃんにも顔を見せてくれないと。光ちゃんが東京に行っちゃったら、なかなか会えなくなるだろうし、そしたらほのかも……」
「も~お母さん、そんな世間話をしてる暇があったら、ジュースくらい出してよ」
 すぐ後ろにいたほのかが、堪らず、と言った感じに話を遮る。
「はいはい、そうね」
 それに答えて、苦笑ながらもほのかのお母さんはコップを出し始めた。
 そんな様子を横目で見つつ、テーブル前の椅子に腰掛ける。ほのかは俺の向かい、春奈と薗部佳歩は俺の両隣に座った。
 ちなみに薗部佳歩に関しては、座ったとはいっても、正確にはひいてあった椅子に合わせて浮かんでいるだけなのだが、見た目は明らかに座っているので、便宜上座った、と記しておく。
「で、光一。わざわざ家に来るほどの用件ってのは一体何?」
 ほのかが口火を切る。
「そうだな、どこから話したものか、俺自身よく分かっていないわけだけど……とりあえずちょっと話が長くなりそうなのは間違いないから、先にそっちの用事からどうぞ」
 さっきは慌てていて聞けなかった、ほのかの用件を先に聞いておくことにする。
「私の用事? 私はただ、光一がいつ東京に行くのか、具体的に聞きたかっただけだけど」
 なるほど、確かにそれならわざわざ俺が出向くほどの用事ではない。
「それなら四月一日の昼だよ。前に言わなかったっけ?」
「そう、じゃあやっぱり明々後日しかないわけだ……」
 残念そうにほのかが呟く。
「明々後日って、何かあったか?」
「うん、まあ、あるといえばあるんだけど、心当たりがないなら当日のお楽しみってことで。ただ、天気予報だと雨だから、それがちょっと心配かな」
 そんなことを呟きつつ、外していた視線を再びこちらに向ける。
「で、結局のところ用事ってのは一体何? その子に関係があること?」
 と言って、今度は視線を薗部佳歩へと向ける。
 関係あるのは間違いないが、最初から正直に彼女について話したところで、簡単には信じてもらえないだろう。どんな手段が一番手っ取り早い手段だろうかと躊躇しているうちに、目の前にオレンジジュースが注がれたコップが置かれた。
 もちろんほのかのお母さんがしてくれたことである。そしてこれが結果的に、事態を進展させる。
 何のことはない、コップが三つしか出されなかったのである。
「あれ、お母さん、コップが足りてないよ」
 ほのかが当たり前のように尋ねる。
「何を言ってるの、ちゃんと三つあるじゃない、いくらなんでも二つと三つを間違えるほどボケてはいないわよ」
 ほのかのお母さんも笑いながら、当たり前のように答える。
 我ながら、随分単純な見落としをしてしまったらしい。ほのかのお母さんには、薗部佳歩のことが見えていない。薗部佳歩が、ほのかと親戚ではないというのは、あながち嘘でもないようだ。あくまで、彼女が言う彼女を見るための条件が本当ならば、だけれども。
 兎にも角にも、ここであまりゴチャゴチャ言っていても仕方がない。あまり事態をややこしくしたくもなかったので、キョトンとした表情のほのかの足を軽く踏む。
 驚いてこっちを見たほのかにアイコンタクトを送る。後で説明するから、ここはごまかせ、と。こういう時、表情に考えていることがすぐに出るのは役に立つ。
「あ、ごめんごめん、私の数え間違いだったみたい。ちゃんと揃ってるね」
「そうでしょう? まったく、あんたも四月から大学生なんだから、いつまでもそんなに抜けてちゃダメよ」
 などと言ってから、
「じゃ、お母さんは洗濯物を片付けてくるから、後はごゆっくり」
 と告げて、ほのかのお母さんはリビングを出ていった。
 リビングの扉が閉まるのを確認してから、すぐさまほのかが尋ねる。
「何、今のは一体どういうこと?」
「ほのかのお母さんには、こいつのことが見えてなかったってことだよ」
 右隣の薗部佳歩をあごで示しつつ、返答する。
「見えてなかった? それって一体……それにそもそも、この子は一体誰なのよ?」
 少しずつほのかが混乱の兆しを見せ始めている。が、今なら俺の話も信じてくれる可能性が高い。
「こいつの名前は薗部佳歩、分かりやすく言えば……」
 今度は視線を薗部佳歩に向ける。アイコンタクトの内容は、さっきのをもう一遍やってくれ。俺の言わんとしたところを理解してくれたらしく、彼女はコクリとうなずくと、今度はテーブルに自分の手を上げ下げして、通過させる。
 ほのかから、そして改めて春奈からも「ヒィ!」と引きつるような悲鳴が上がる。
「幽霊だそうだ」

 とりあえず、薗部佳歩の特異性について信じさせるのには成功したといって間違いないだろう。代わりに非常に痛い沈黙が、場を支配することになってしまったわけだが。
 仕方がないので、黙ったままの二人に対し、先ほどからの出来事を伝える。
 ――目が覚めたら部屋に薗部佳歩がいたこと
 ――母さんには彼女の姿が見えなかったこと
 ――彼女の姿が見えるのは彼女のことを知っている人だけだということ
 ――彼女は既に死んでいるらしいということ
 ――彼女は自分を殺した悪魔のような奴に会うためにここへ来たこと

 ――そして、悪魔に彼女の大切な人物の名前を言わせることができれば彼女は蘇ること

 かいつまんでそれらのことを伝える。
 話し終えてから暫くの間、二人は黙ったままだった。やはり信じてもらえなかったのだろうか、と俺が不安に思い始めたそのとき、ほのかは問うた。
「それで、光一はどうしたいの?」
「え?」
 考えてもいなかった質問を受け、返答に窮す。
「わざわざ私の家に来て、どこからどこまで信じればいいか分からないファンタジーを聞かせて、それで自分はどうするつもりなの? 私にどうしてほしいの?」
「それを考えるためにここに来たというか、なんというか……」
 予想だにしないきつい言葉に、回答がしどろもどろになる。だが――
「それならもう私に話を聞かせてる間に、考えは決まったんじゃないの?」
 そう、ほのかの言うとおりだ。そしてそれにあわせたかのように、ほのかはテーブルを乗り出して、問う。
「光一の考えを聞かせて」
 俺は自信を持って、いつの間にか決まっていた答えを出す。
「とりあえずこいつの話を信じられなくなるまでは信じてみる、そしてこいつが蘇る助けをしてやりたいと思う」
 多分常識的に考えれば、そんな馬鹿な話あるわけないと一蹴して、何もしないのが正しい選択だろう。けれども俺は、人の話をすぐに鵜呑みにしてしまうたちで、毎年エイプリルフールには騙されるようなやつだから、今のところ彼女の話を疑うことができずにいる。だからこそ、彼女が蘇る手助けをしてほしいというのなら、それを無視することなんて到底できそうにないことだった。
 そしてそんな俺の言葉を聞いて、ほのかが微笑んだ。
「その言葉が聞きたかったのよ」
 そう言って席に着くと、満足気にうなずき、尋ねる。
「で、私は何をすればいいの?」
「手伝ってくれるのか?」
「やるって決めたんでしょう。悪魔を探すなんて、高校時代最後の思い出には結構刺激的だしね。私にできることならやってやろうじゃない。それに……」
 言いつつ、視線を薗部佳歩へ向ける。
「なんでかな……私自身、なんだかこの子のことを助けてあげなきゃいけない、そんな気がするから」
 そう言って微笑むほのかの顔を見て気づく。薗部佳歩とほのかの似ているところ。それは強い意志を感じさせる瞳だった。薗部佳歩を見たときには一番目についた瞳が、ほのかだとすぐには気づけなかった。慣れのせいだろうかと思いつつ、今度は春奈に視線を向ける。
「お前は、手伝ってくれるか?」
 軽くため息をつくと、春奈も頷く。
「ほのかさんが手伝うって言うのに、妹のあたしが手伝わないわけにも行かないでしょ、ね、お兄ちゃん」
 生意気に、不敵に、そう答える。
「お二人ともありがとうございます、それに光一さんも、私なんかのためにこんなに頑張ってくださって……」
 そんな俺たちの様子を見て、薗部佳歩が涙ぐみながら頭を下げる。
「何を言ってるんだ、俺はまだ何もやってないさ、ただほのかに助けを求めただけで――」
「そうそう光一、手伝うに当たって一つ確認しておきたいんだけれど」
 俺の言葉を遮りつつ、ほのかが尋ねる。
「なんだ?」
「さっきも聞いたけれど、私は具体的に何をすればいいの?」
「え?」
「だってさっきまでの話を聞いた限りでは、私はタイミングよく電話をかけたばっかりに巻き込まれただけのように思えるんだけど……」
「うっ」
 図星なだけに言葉に詰まる。確かにそれは否定できない。あのときあの電話がなければ、まだ俺は自分の部屋でウダウダしていたに違いない。
 俺の心の機微を顔で悟ったらしいほのかは、深いため息を一つつくと不意に立ち上がった。
「お、おい、一体どこに」
「電話をかけるのよ、どうせだったらもっと巻き込んでやろうじゃない。私に光一、それに春奈ちゃんに見えたってことは、多分あとの三人にも見えるでしょう」
「確かに……そうかもしれないな」
 三人とはいうまでもない、昨日一緒にカラオケに行った下川政史、藤崎卓弥、太田直之の三人――小学校からの腐れ縁の三人だ。
「直之以外は今日暇なはずだから、電話すればすぐに来てくれるでしょう」
「直之は何か用事があるのか?」
「なんでもお祖父ちゃんの家に行ってるそうよ、明後日には帰ってくるって言ってたけれど」
 ふ~んと呟きつつ気づく。あいつは今朝まで、一緒にカラオケにいた。
つまり直之は、カラオケで徹夜した後、祖父の家へと向かったわけだ。
「相変わらず、タフな奴だなあ……」
 電話をかけるほのかの後姿を眺めつつぼやく。するとタイミングよくほのかが振り向いた。
「何か言った?」
「いやいや、こっちの話」
 俺のぼやきを耳ざとく聞きつけたほのかの質問を軽く受け流す。
「そう? じゃあ、二人が来るまでにまだ時間はあるし、もうちょっとこの子の話を聞いてみましょうか」
「というと?」
「さっきの光一の説明じゃ、まだ全然何をすればいいかわからないってこと」
 あっさり返される。俺が軽く凹んでいるうちに、電話を終えたほのかが再び着席する。
「二人ともすぐに来るみたいよ。ま、光一ほどにすぐってわけじゃないだろうけれど」
 さすがに政史と卓弥の家は、数軒隣とかいったレベルの距離にはないので、言葉通りすぐに家を出たとしても、十分程度は必要になるだろう。
「それじゃあ佳歩さん、だったわよね。二人が来る前に、いくつか聞いておいていいかしら?」
 質問を受けて、薗部佳歩はコクリと小さく頷く。
「それじゃあ、最初に一番大事な質問。あなたはもちろん、自分が探している悪魔が誰なのか、当然知っているのよね」
「はい、それはまあ一応」
「じゃあ単刀直入に聞くわよ、その悪魔って誰?」
 そういえば、そんな大事なことを俺は聞いていなかった。まあ色々とあって聞きそびれた側面が多分にあるだろうが。
「残念ながらお答えすることはできません」
 心底悲しそうに、薗部佳歩が首を横に振る。
 意外な返答だった。つまり俺たちは、誰だか分からない悪魔を探し当てなくてはならないというのだろうか。だがそう思ったのは、俺だけだったようだ。
「ま、そう簡単には行かないでしょうね……」
「そうね、これが一つのチェックポイントってところかしら」
 春奈の呟きに、ほのかが応じる。どうやら二人の間では、既になんらかの共通認識が組みあがっているらしい。
 いつの間にか主導権を二人に奪われているなと思いつつ――まあいつものことなのだが――尋ねてみる。
「なあ、どうして悪魔が誰なのか聞けないのが当然、みたいなリアクションなんだ。それじゃあ俺たちが、一体どうやってその悪魔ってのを探せばいいか分からないじゃないか」
 俺の疑問を聞いて、二人が同時に呆れた顔をする。
「当たり前でしょう、お兄ちゃん、そんなに簡単に蘇ることができるわけないんだから。自分で『ルール』のことについて触れといて、それはないんじゃない?」
 俺がそれを聞いてさらに首を傾げると、やれやれといった面持ちで、ほのかが引き継ぐ。
「いい? 誰が決めたかは知らないけれど、彼女は何らかの『ルール』に縛られている。言い方が悪いかもしれないけれど、言ってみればこれは誰かが作ったゲームなわけよ」
 ゲームか……なるほど、言い得て妙かもしれない。確かに彼女の数々のセリフや、『ルール』という言葉はそれを連想させる。
 俺が納得したのを確認して、次は春奈が告げる。
「この場合は、最終目的は悪魔に佳歩さんの大切な人の名前を言わせることなわけで、当然そこまでの間にいくつもの障害があるはず。そして悪魔の正体を教えてもらえないことは、その障害のうちの一つって言えるでしょうね」
 なるほど……でもそれって、気づくのが普通なんだろうか、比較対象がいないからいまいち分からない……
「さてと、でもまあこんな風に一々『ルール』に引っかかるかどうか確認するのも面倒ね……先にその『ルール』とやらを教えてもらうことはできる?」
「はい、もちろんです!」
 ほのかの質問に対し、嬉しそうに薗部佳歩が頷く。
「そうですね、まずは大前提として、私は嘘をつけません」
「嘘をつけない? つかない、ってわけではなくて」
 俺が素っ頓狂な声をあげると、彼女は少しだけ寂しそうに笑って頷いた。
「はい、いわゆるプロテクトのようなものがかかっていると考えてもらえれば分かりやすいでしょうか。とは言ってもこの『ルール』は、信じていただけないことには始まらないってことを伝える役割を持った『ルール』と考えてもらって構いません」
 確かに、彼女の現実離れした話のどこか一つでも疑ってしまえば、きっと彼女の話、何もかもが信じられなくなってしまうだろう。気休め程度とはいえ、これは俺たちのためにつけられた『ルール』と考えていいだろう。
「次に、悪魔の正体、及び私の大切な人に直接言及するような質問には、答えることができません」
「あっちゃ~、そっちも伏せられちゃうのか」
 春奈がぼやく。確かに悪魔の正体だけでなく、悪魔に言わせねばならない名前まで伏せられるのはきつい条件だ。
「あと薄々お気づきだとは思いますけれど、私自身の情報についても、他の誰かとの関係性について尋ねる質問でしたら、お答えすることができません」
「それはつまり……」
「それはつまり、あなたのことについては、自分たちで思い出せってことなわけね」
 俺が言おうとしたことを、ほのかが言ってしまった。軽い敗北感。
「そういうことになります、あと、これは先ほども説明しましたけれど、私のことが見えるのは私のことを知っている人だけです」
 確かにこれも『ルール』と言えるだろう。
「他にも細かい『ルール』がないこともないですが、基本的に今まで説明した『ルール』の延長にありますから、説明は省きますね。そして最後の『ルール』です」
 いよいよ最後の『ルール』か。

「私に与えられた時間は、出現してから七十七時間。つまり三月三十一日の正午になったら、私はこの世界から完全に消滅して、二度と蘇ることができなくなります」

 一瞬、頭が真っ白になる。
 確かにこれがゲームだと言うのなら、制限時間はあってしかるべきかもしれない。その制限時間が七十七時間という中途半端な時間なのは気になるが、一日が二十四時間だから、七十七時間は三日と少しということになる。
 これが長いと感じるか、短いと感じるかは人それぞれだろうが、少なくとも俺には短いように思えた。俺たちはまだ、薗部佳歩のこともよく分かっていない。おまけに悪魔が誰なのか、それに薗部佳歩の大切な人の名前は何なのか、と分からないことだらけである。
 はたしてどこから手をつけたものかと考えていると、チャイムの音が聞こえてきた。
「どちらかが来たみたいね」
 言うなり席を立ち、ほのかが玄関に向かう。
 間もなく、二人分の「おじゃまします」が聞こえてくる。おや、と思うと、案の定ほのかの後ろにいたのは、政史と卓弥の二人ともだった。
 卓弥は同年代の中でも背が高く、逆に政史は背が低い。この二人が揃うと、政史がボケを担当し、卓弥がツッコミを担当する凸凹コンビのでき上がりだ。世の中うまくできている。
「家の前でたまたま会ったんだって。これで説明の手間が半分になったわね」
「説明って?」
 ほのかの言葉を聞いて、キョトンとした表情で政史が尋ねる。
「そこの鶴畑の女子に関することじゃないか」
 卓弥のツッコミにより、卓弥が薗部佳歩について知っていることが当確する。さて、政史の方はどうだろう。
「鶴畑の女子? ああ、確かに見ない顔やね」
 政史の方も問題なし。この分だと今この場にいない直之も、おそらく彼女のことが見えるに違いない。
「よし、じゃあ二人に今からすごいものを見せてやるから、それを見てから俺の説明を聞いてくれ」
 そう言ってから、薗部佳歩に目配せをする。彼女はコクリと頷くと、先ほどと同じように自らの手を上げ下げして、テーブルに通過させる。
「えっ!」
「むっ?」
 二者二様の驚き方をしてみせる二人。純粋に驚いているのが政史で、疑い半分の驚きになっているのが卓弥だ。
 政史はその場で硬直したままだったが、卓弥は前に進んで彼女の手元をじっと眺め始めた。そしてどんどん顔が蒼白になっていく。
「こ、これは一体……」
「見ての通りさ。彼女は幽霊なんだよ」
「な、何をそんな馬鹿な」
 そうは言うものの、卓弥の言葉には、いつものような覇気が感じられない。
「ゆ、ゆゆゆ、ゆうれい?」
 政史にいたっては完全に取り乱している。
「まあ二人とも落ち着けよ。お前たちには、彼女が蘇るための手助けをしてもらいたいと思っているんだから」

「……というわけだ」
 流石に二回目ともなれば、説明の要領も少しはよくなる。先ほどに比べてスムーズに説明を終えることができた。
「なんだ、ようはその悪魔のようなやつに名前を言わせればそこの女の子は蘇るってわけね。おいらはてっきり、祭壇に捧げるイケニエをつれて来いとでも言われるのかと……」
「バカ、そんなことやれって言われたって、光一たちが俺たちに助けを求めるわけがない」
「わ、分かってるよ、ちょっとしたボケだってば~」
 政史のボケに、卓弥がツッコミを入れる。俺たちにとってはいつも通りのやり取りで、今更笑いが起きることも――いや、一人だけ例外がいたか。
 薗部佳歩だけはクスクスと笑った。
「卓弥ー、おいらたちの漫才に久々に笑ってくれる人が現れたよー」
 政史が感涙と思しき涙を流しながら言った。
「別に俺は漫才をやってるつもりはないんだが……」
 うんざりといった調子で卓弥が呟く。
「す、すみません、つい……」
 薗部佳歩が謝ると、
「いえいえ、俺も慣れてますから」
 と卓弥はいつも通りの返事をする。それにしても本当に随分久々のやり取りだ。
「ま、それはともかくとして、だ。俺は手伝うことについて異論はないぞ。お前や直之と違って、別に東京に行くわけじゃないからそれほど忙しくもないし」
「あ、もちろんおいらもおいらもー」
 断られることなんて考えていなかったが、賛同が得られてやはりホッとする。
「ちなみに政史に同調するわけじゃないが、俺も悪魔に名前を言わせて終わりって条件はどうもあっさり過ぎる気がする。悪魔ってのは彼女を殺した以外はただの人なわけだろう。どうしてそんなやつが名前を告げるだけで、彼女が蘇ることになるんだ?」
 そのゴールも、現時点では決して容易いものではないらしいことが分かっているが、確かに人を一人蘇らせる対価としては安い気がする。
「そこのところはどうなの、佳歩さん?」
 ほのかが尋ねる。
「まあそこは、神様が最初に『ルール』をお作りになられたときは、少し違う条件でしたから。その条件を満たすことができれば、自動的に神様がお作りになった条件も満たすことができるようになっているんです」
 一瞬、皆、言葉に詰まる。
「今、俺の聞き違いでなければ、神様って言ったか?」
 おそらく皆が思った疑問を代表する形で俺がぶつける。
「はい、言いましたけれど、それが何か?」
 さも当然と言わんばかりに彼女は返事した。幽霊、悪魔と来て次は神様か……あと残っているのは天使くらいのものではないだろうか。
「……つまり、君がこんなゲームに挑戦することができるのは神様のおかげと言うことか?」
「あ、それは違います。神様にはそんな力はありませんよ」
 卓弥の質問に、即答である。ホッとしていいのかどうか分からないが、こんな事態を引き起こしているのは神様とやらではないらしい。

「そんな力を持ってるのは、神様の神様です。現に私が今ここにこうしていられるのは、『神様の神様のいたずら』のおかげなんですから」

 改めて薗部佳歩以外の誰もが絶句する。
 神様の神様とは、また予想外の存在が出てきたものだ。
「ちょ、ちょっとタンマ! 神様の神様って何それ、神様に神様がいるってどういうこと? おいらにも分かるように説明してくれない?」
 政史が先陣を切って尋ねる。
「残念ながら、『ルール』違反になってしまうので、お答えすることができません」
 そして返答は容赦ない。
「待って、一旦整理するわよ。つまり今回のゲームの基本的な『ルール』を作ったのは、神様で間違いないわけよね」
 春奈が冷静に割り込む。
「ええ、確かに」
「でも神様には、その『ルール』を実現するだけの力がなかった。だから神様の神様が、その『ルール』を実現した、そういう考え方でいいのかしら?」
「過程を大幅に省略して、結果だけ見ればそう言っても間違いないと思います」
 単語のインパクトが強烈だったせいでピンと来なかったが、順を追って整理してみればなんのことはない。
「つまりこの話は、あんたを蘇らせるのにあまり関係ないわけだ」
「普通に考えればそうでしょうね」
 だったらそう言ってくれればいいのに、と思ったのはきっと俺だけではないことだろう。

「さてと、ちょっと横道に逸れちゃったけれど、そろそろ本題に入るわよ」
 いつの間にかほのかが議長を務め、薗部家のテーブルは、今やもう定員の六名が座る会議場となっていた。
「私たちに与えられている時間は決して長くはないわ。私たちは何をすべきか、まずはそこから考えていきましょう」
 ほのかが呼びかける。
 さて、これでようやっと具体的に何をするのか、その答えが出ることになるはずだ。
「まずやらなきゃいけないのは、目的を確認すること、さっきの言葉を使えば、障害を確認することじゃないか」
「うん、それだそれだ、さすがは卓弥」
 卓弥の指摘に、政史が勝手に横で頷く。
「それもそうよね、ほのかさん、紙とシャーペン貸してください」
 春奈は紙とシャーペンを受け取ると、すぐに何やら紙に書き込み始めた。
「ま、今のところはこれくらいよね」
 そう言って春奈が中央に置いた紙には、次のように書かれていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 調べなくてはならないこと
・誰が悪魔なのか
・佳歩さんの大切な人の名前は何なのか

 そのためにできること

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「そのためにできることが空白になっているけれど、これはどういう意味?」
「仕方がないじゃない、まだ思いつかなかったんだから」
 俺の疑問に、春奈はふて腐れながら答える。
「まあ確かに、どうやって考えればいいか、今のままじゃ見当もつけにくいか」
「佳歩さんのことを調べたらいいんじゃない?」
 俺の言葉を遮ったのは、政史だった。
「だって調べなくてはならないことって、結局のところ、どちらも佳歩さんにつながるってことでしょ。誰も佳歩さんのことは覚えていなかったんだし、そこから始めるのが一番いいと思うけれど」
 いつもなら卓弥が言いそうな冷静な判断を、政史が告げる。
「なんだか違和感があるな~」
「ん、何かおいらの意見に文句でも?」
「いや……別にそういうわけじゃないけれどね」
 でもまあ昔から、ここぞという時に政史が鋭い意見を出すときはあった。抜けてるように見えて、意外としっかりしてるということだろう。
「そうね、確かにそこから始めるのが無難かもしれないわ。じゃあ具体的にどんな方法があるかしら」
 はるかの提案に、一同が押し黙る。そりゃあ人の素性調査の方法をパッと挙げることができたら、それはそれでどうかと思うけれどね。
 そんな中、口火を切ったのは卓弥だった。
「まずは、誰に彼女の姿が見えるか確認するのが先決じゃないか? 今のところ俺たちには見えるが、光一の母親とほのかの母親には見えなかったんだろう? それに誰に彼女の姿が見えるのかを把握しておけば、後々悪魔を探すのにも繋がるはずだ」
 言われてみればそうである。彼女のことを殺したという悪魔が、彼女のことを知らないはずがない。つまり必然的に、彼女の姿を見ることができる人物を探すことは、悪魔を探すための布石にもなるはずだ。
「念のために聞いておくけれど、あなたの姿を見ることができる人を教えてもらうことはできないのよね?」
 春奈が尋ねる。
「残念ながらできませんね、私自身と他者との関係性についての質問になってしまいますから」
 やはりそう易々とはいかないか。
「そうね、じゃあまずは彼女の姿を見ることができる人を探してみることにしましょうか」
 探すって言ったって、一体どうやって……と聞こうと思ったら、やおらほのかが席を立った。皆もそれに続く。どうやら今から何をするか理解していないのは、俺だけらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。探すったってどこでどうやって?」
「どこで……ってのは適当に歩きながら考えればいいんじゃない? どうやってってのは、言うまでもないでしょう、お兄ちゃん」
 春奈が当然のように尋ねる。俺が返答に詰まっていると、
「彼女は物理的に干渉することができない。だから靴を履けないんだろう? それなら彼女を外に連れ出して、怪訝そうな顔をしている人がいれば、それは彼女の姿を見ることができるってことだ」
 卓弥が解説してくれた。なるほど、そんな探し方があったわけか。
「でも実は、その子の姿を見ることができる人を見つけることができても、その人の素性をどうやって調べるのかって問題は残っちゃうけれどねー」
「ま、それについてはその時考えましょう」
 政史の呟きをほのかがフォローする。
「とにかく何をするか分かったでしょ、それじゃあ佳歩さんの姿が見える人探しにレッツゴーよ!」
 高らかにほのかが宣言した。

 しかし結果は予想以上に芳しくなかった。
「まさか、誰一人気づかないなんて……」
 ほのかがため息混じりに呟く。結局あれから数時間歩き回ったものの、誰一人として薗部佳歩のことが見えてるような素振りを見せる者はいなかった。薗部佳歩を通り抜ける人、というなかなかにシュールな光景には何度か遭遇したのだが。
 今、さすがに歩きっぱなしで疲れた俺たちは近くにあった公園で休憩をとることにしたのだ。肉体を持たず、ゆえに疲れを知らない薗部佳歩を除く全員がベンチに腰掛けていた。
「おいらたちにしか見えない……ってことはないと思うんだけどなあ……」
 政史がぼやく、が、こうも見える人がいないとそう思いたくもなる。彼女がかつてこの世に存在したというのなら、そんな馬鹿なことがあるはずはない。現に、俺たちは誰一人として彼女のことを覚えていないのに、彼女のことを知っている。特段、彼女と親しかったわけでなくても、彼女のことを知ることはできる、ということである。通行人の中に、そんな人の一人や二人いたっておかしくないはずだ。それなのに見つからないということは……
「探し方が悪いのかなあ……」
 空しくひとりごちる。
 何の気なしに、彼女の方に目を向けると、彼女はぼんやりと空を眺めていた。彼女の視線の先には夕陽があるくらいで、特に変わったものは見受けられない。
「空に何かあるのか?」
 尋ねるが、返事はない。聞こえていないのだろうか。
「聞こえてるか?」
 今度は少し大きめの声で尋ねる。
「え? あ、はい、何でしょう」
 するとやっと、彼女は返事をしてくれた。
「いや、そんなにじっと、何を見ているのか聞きたかっただけさ」
「ああ……いえ、ただ、夕陽ってこんなに綺麗だったんだなと思って」
 言われて改めて夕陽を眺める。何の変哲もない、ただの夕陽だ。別にこれと言った感銘を受ける程では……
 そこまで考えて唐突に気づく。だからこそ彼女は、この夕陽を美しいというのではないだろうか。
 生きているときには当たり前だった風景。だが同時に、死んでしまえばそれが当たり前でなくなってしまう風景。
 彼女はとりあえずの命で、再びそれを見ることができることになった。そしてそれによって、彼女は気づいたのだろう。いつもと同じで、それでいていつもとは違う夕陽の輝きに――
 そこまで思い至って、改めて強く思う。
 俺はなんとしても、こいつを助けたいと。
 そこで改めてさっきまでの探し方を振り返ってみる。探し方に何か問題はなかっただろうか。
 俺たちはとにかく人通りの多い場所を進んで歩き回った。そうすれば少しは彼女のことを見ることができる人がいるだろうと考えたからだ。
 だが実際には、彼女の姿を見ることができた人は現れなかった。なぜだ? 彼女と関係性が薄いはずの俺たちの間では五人も彼女の姿が見えるって言うのに。……待てよ、関係性?
「なあ、どうして俺たちはこいつのことが見えるんだろう?」
 俺の質問提起に、皆が首を傾げる。
「どうしてって、私たちが佳歩さんのことを知っているからでしょう?」
 何を言いたいのだろうか、と言った口調でほのかが返答する。
「違う違う、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、どうして俺たちは、皆、彼女のことを知っているんだろうってこと」
「そうか……関係性のことだね?」
 政史が呟いた。
「そう、それ!」
 他の皆はまだ何を言っているのか分からない、といった表情だ。先ほどまでの立場が逆転した気がして、少し優越感に浸る。
「だから、これだけ歩き回っても、俺たちはこいつの姿が見える人を見つけられずにいる。つまりこいつのことを知っている人の絶対数はそれほど多くはないってことになるんだ。でも俺たちは皆して知っている。つまり俺たちはこいつのことを、テレビとか新聞とか、そんな不特定多数に送られる情報ではない何らかの手段で、一緒に知ったんだよ」
「そうか……私たちと佳歩さんの関係性は分からないけれど、私たちの間での関係性ならよく分かってる。その関係性を辿ればどこかで……」
「この子にぶつかるってわけね。やるじゃない、お兄ちゃん」
 二人の言葉に満足しながら薗部佳歩の方を見る。彼女も嬉しそうに微笑んでいた。彼女が嘘をつけないというのなら、この方向性でどうやら正しいと言えるらしい。
「となると次は俺たちの関係性を辿っていけばいいわけだな。具体的にはどうする、光一?」
「はーいはい、おいらに提案があるよ!」
 威勢よく政史が手をあげる。
「一体どんな案なの?」
 ほのかが尋ねる。
「フフ、よくぞ聞いてくれました」
 勿体つけて咳払いをしてから、政史は告げた。

「おいらたちの思い出の場所を巡るんだよ、小学校とか中学校とか。そうすればおいらたちの関係性も辿れるし、光一が東京へ行く前の思い出作りにもなるでしょ。どう、おいらの案?」

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