「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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余命一ヶ月
 我が家の前に止まった一台のタクシー。タクシーから降りてきたのは、約一年ぶりの帰宅となる俺の妹の美穂。

「ただいま」

 美穂はそう言ってはにかんだ。

 お気に入りの白いワンピースがよく似合う、透き通るような白い肌。それは生まれつき病弱だった美穂にとっては、宿命のようなものだった。
 だから俺は子供の頃からよく言っていたものだった。俺が大人になったら、世界一の名医になって美穂のことを病気から――いや、それ以外の何もかもから守ってやる、と。そして俺はその誓いを守るため、医大へと進学した。
 だが、俺は無力だった。一週間前、廊下で立ち聞きしてしまった先生の言葉が、ふと脳裏をよぎる。

『――長くてあと一ヶ月でしょう』

 受け入れたくなかった。でも、事実を否定している暇など無い。俺は両親を説得し、最後の一ヶ月を家族揃って過ごすことを了承させた。もちろん、美穂には余命の事は伝えずに。
 そして今日、美穂は帰ってきた。美穂には何も知らずに一ヶ月を過ごしてほしかった。だから俺は、精一杯の笑顔で答えた。「おかえり」と。


 美穂が帰ってきてから、二週間が経った。
 俺と美穂は、美穂のリクエストにより植物園に来ていた。両親は、美穂が強く望んだこともあり、今日は自宅待機だ。
 平日の植物園に他の客などほとんどいるはずもなく、植物園はほぼ貸し切り状態だった。
 あのお気に入りの白いワンピースを着た美穂は、花々を眺めては、周りを気にすることなくそれを愛でている。
 暫く進むと、大きな広場に出た。そこは花園と呼ぶに相応しいほど、多種多様の花々が咲き乱れていた。
 そんな中、ワンピースの裾を翻しながら俺の手を取って戯れる美穂の姿は、我が妹ながら妖精を想起させるほど可憐だった。それは、時が経つのも忘れさせるほど。
 そう、最近は発作がなかったこともあり、俺は時が経つのを忘れていた。

 でも、心のどこかでは分かっていた。

 俺一人が時の流れを忘れたところで、時は自らの歩みを、決して忘れたりはしないってことを。

 突然の吐血、そして美穂の真っ白なワンピースが真っ赤に染まった。

「お……ちゃん、……に……ん」
 美穂の声は、ほとんど俺の耳に届いてくれなかった。そして俺の声も美穂に届かない。美穂に伝えたいことはたくさんあるのに、どれも言葉にはできなくて。結局、俺にできたのは涙を流すことと、唇を動かすことだけだった。

『ごめん』

 守ってやれなくて、こんな辛い思いをさせてしまって。
 声にはならなかったけれど、それは確かに美穂に伝わったらしい。一瞬、呆気にとられたような顔をした美穂だったが、すぐに首を大きく横に振ってくれた。
 謝ることなんてない。美穂の目と頬を伝う涙は、そう訴えてくれていた。
 そんな美穂の思いに答える間もなく、握っていた手の力が徐々に抜けていく。そしてあの時の先生の言葉が、今度ははっきりと思い出された。

『息子さんの命は、長くてあと一ヶ月でしょう』



 ――一年後。
 美穂は墓の前にひとり佇んでいた。
「夏休みでもないのに、人を全寮制の学校から一時帰宅させといて、勘付かないわけないじゃない。まったく、お兄ちゃんはいつも大事なところで抜けているんだから」
 そうひとりごちて、美穂はそっと微笑んだ。実は美穂は、一時帰宅させられたその日に両親を問い詰め、自分が帰宅させられた真意を知っていたのだった。それを悟らせないよう振舞い続けた努力は、相当のものだったに違いない。
「私ね、お兄ちゃんの代わりに医者を目指すことにしたんだ。お兄ちゃんと同じ病気で苦しむみんなを救えるような医者に。だから、応援してくれるよね?」
 美穂はそれから暫くそこに立ち尽くしていたが、やがて目頭の涙をぬぐい、墓前から立ち去った。
 美穂は知る由もないけれど、守護霊となった俺を連れて。
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