「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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IOC
 すー、はー、と大きく深呼吸を一つ。
 長かった作業も遂に終わりが見え始めた。けれどここで油断して、画竜点睛を欠いてはならない。
 終わりよければ全てよし、ここまで来ればあと少し。
 気合を入れて、苺をおもむろにカットする。

 *

「おー、すげーじゃねーか! これ、全部瑞穂が作ったのか?」
「そうだよ、ちょっと気合入れすぎちゃった♪」
 目の前の食卓に広がる豪勢な料理の数々に、俺は圧倒されるほか無かった。
 ビーフストロガノフにクリームシチュー、サーモンのホイル焼き、シーザーサラダと、どれも目移りしてしまうほど美味そうなものばかりだ。
 中でも目を引くのは、中央に鎮座している苺のショートケーキだ。表面に塗られている生クリームには一切のムラが無く、光沢を放っているようでさえもある。その純白に整然と配列されている、丁寧にカットされた赤い苺の彩りも見逃せない。
 だからこそ、俺はついつい言ってはいけないその一言を告げてしまった。
「でも、今日って何か特別な日だっけ?」
 その瞬間、瑞穂の笑顔が固まった。
「やだなー、リョウくん、私、冗談は嫌いだよ?」
 ヤバイ、瑞穂のやつ、本気で怒ってる……目が笑ってねーよ……
 俺は必死に考える。誕生日は、俺も瑞穂もこの前祝ったばかりだ。クリスマスだってまだまだ先だ。だとしたら……
「わ、分かってるって……そんな怖い顔するなよ、今日は俺たちが付き合い始めて丁度一年目……だろ?」
 当てずっぽうだが、他にそれらしい記念日が思いつかない。それに瑞穂と付き合い始めたのはこれくらいの時期だった……気がする。
 固唾を呑んで瑞穂の動向を見守っていると……
「そうそう、もう、忘れてる振りするなんて、ひどいよ、リョウくん」
 先ほどまでとは一転して、喜色満面で返してくれた。
 危ねー危ねーと心の中でホッと一息つく。当てずっぽうだが、言っておいてよかった。
「悪かったって、お詫びって言ったらなんだけど、今度の日曜にでも映画見に行こうぜ。ほら、丁度一年前に一緒に見た映画の続編やってるからさ」
「えー、いいよ、別に、そんな無理しなくても」
 珍しいな、瑞穂が俺の誘いを遠慮するなんて。そうは思ったが、俺としてはこの映画をぜひとも瑞穂と一緒に見ておきたい。
「遠慮することないだろ? 映画くらいで。お前らしくもな……」
「だってその映画、別の女の子と見に行ったんでしょ?」
 一瞬、思考が停止する。まさか見られていたのか?
「な、なんの話だよ。俺は瑞穂と見に行こうと思ってたからまだ……」
「美智子が見たんだって。リョウくんと女の人が一緒に映画館に入っていくのを」
 心の中で舌打ちする。周囲の目には万全の注意を払っていたつもりだったが、目が行き届いていなかったらしい。本能的に無駄を悟りつつも、最後のあがきにかけてみる。
「そ、それってオカンのことじゃないかな。それだったらこの前の日曜、確かに……」
「へえ、リョウくんのお母様って、キャミソールを着るんだ?」
「馬鹿言うなよ、あの時あいつはキャミソールなんて……!」
 瑞穂の冷たい視線が突き刺さり、俺は己の愚を悟る。
 もう完全に言い逃れはできなかった。瑞穂の周到な誘導尋問に引っかかってしまったということだろう。言い訳の言葉が、頭の中だけで空回りする。瑞穂も何も言わない。
 重苦しい沈黙だけが続く。湯気を上げていた料理がすっかり冷めてしまった頃になって、ようやく口を開いたのは瑞穂の方だった。
「こんな日にこんなこと言いたくないけれど……私……リョウくんのことは信じてたんだよ? ……美智子が私に嫉妬して……嘘をついてるんだって……最初はそう思って……」
 震えた声で、搾り出すように瑞穂が呟く。
「わ、悪かったよ……」
 俺が言えたのはたったそれだけ。我ながら最低だ。素直で従順な瑞穂を泣かせておきながら、瑞穂にかける言葉がたったこれだけだなんて。
「本当に、そう思ってる?」
 上目遣いでこちらに恨めしげな視線を向けてくる。その迫力に気圧され、
「ほ、本当だ。あいつとも別れるから!」
 咄嗟に口走る。今はとりあえず、この場を収めることが先決だ。あいつとのことはまた後で考えればいい。
「……二度目は、無いよ? 信じてもいいの?」
 俺は無言でうなずく。
 瑞穂の探るように問いかけてくるその視線に射すくめられ、声に出して返事をすることができなかったからだ。こんなおなざりな返事で、赦してもらえるはずが……
「うん、分かった! じゃあ信じる!」
 無いと思っていた俺の予想を裏切り、瑞穂はそれまでの重苦しい雰囲気が嘘のように、明るく返事をした。ホッとするとともに拍子抜けしてしまう。瑞穂ってここまで話の分かるやつだったっけ?
「それに今回の場合は、あの子が悪いんだもんね。リョウくんに彼女がいるのを知っていながらしつこくつきまとったりして……」
 そうそう、あいつと初めて会ったばかりの時は、本当にしつこくて……え?
「苺だなんて、名前だけは可愛いのにねえ……性格が悪いったらありゃしない」
 どうしてお前があいつの名前を知ってるんだ? 瑞穂の言っていることが理解できるからこそ理解できない。
「でも、もう大丈夫だよ。あんな不細工な顔になっちゃったら、もうリョウくんの前に現れようなんて、きっと思わないから」
 何を言ってるんだよ、そう声を出して問いかけたいのに出せない。
 何をしてるんだよ、そう聞くべきなのに聞くべきでないと頭の中で警鐘が鳴り響く。
「あれ? どうしたの、顔色悪いよ、リョウくん」
 そういえば今朝、苺に出したメールの返事がまだ来ていない。まさか……そういうことなのか?
「そっか、前髪が伸びすぎてるんだね。私がカットしてあげるよ」
 そういって瑞穂がおもむろに取り出したハサミには……なんだよ、あれ……あの色がハサミの色だっていうのかよ。
 誰か嘘だと言ってくれ。瑞穂が……瑞穂が俺の知らない誰かになっていく……
 俺のせいなのか、俺が瑞穂をこんなにしてしまったのか。
「おびえなくていいんだよ、リョウくん? 二度目は無いけれど、一度目は赦してあげる、そう言ったじゃない?」
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