「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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骨の髄まで愛してる(求む! 感想、批評、誤字指摘)
『骨の髄まで愛してる』の連載を開始します。
公募前提で連載していきたいと考えていますので、厳しい突っ込み、及び率直な感想歓迎です。
ぜひお気軽に書き込んで行ってください。

『骨の髄まで愛してる』
第1話あらすじ:幽霊や妖怪を見ることができ、日常的にそれに親しんできた少年。
ある日彼は、自らの手に負えない異形の怪物と遭遇し、絶体絶命の危機に陥る。
そこに現れた幼い少女、彼女は少年を窮地から救うと、疑問を抱く少年に告げる。
「だってわたくし、あなたのことを骨の髄まで愛していますもの」

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骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その1
 それはあらゆる意味で悪夢のような光景だった。
 異形の化物を相手に、少女は蝶のように舞う。
 言うまでもなく、異形の化物は、その存在自体が悪夢じみている。
だが、少女の姿もまた、ある意味では悪夢じみているのだ。その化物相手に、動じることなく対峙し、紙一重で化物の動きをかわし、そして傷を負わせる。幼い外見とは裏腹に凛としたその姿に、俺の目は否が応でもひきつけられてしまう。そう、目を離したくても離せないという点において、まさに彼女は悪夢じみているのだ。
目の前で繰り広げられる、次元の違う戦いに巻き込まれてしまった不幸を恨みつつ、俺は思わずにいられなかった。
 今なら祖父さんの修行も、もっと真面目に受けられるだろうか、なんて場違いなことを。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その2
 その日は、三寒四温の寒に当たるであろう、春を間近に控えた空寒い一日だった。
 俺、賀茂藤矢は、コンビニで買った肉まんを食みながら、学校からの帰り道にあたる商店街のアーケードを急ぐでもなくのんびりと歩いていた。
 黄昏時はあまり好きではない俺だが、ここだけは別だった。適度に人通りがあり、それでいて決してゴミゴミとはしていない。ここなら厄介なノイズもほとんど聞こえてこない……はずだったんだが……
「お兄ちゃん、僕の声が聞こえるの?」
 どこかから声が降ってくる。立ち止まって声の方に顔を向けると、小学校低学年くらいの少年が、とある商店の二階の窓から顔を出してこちらを見下ろしていた。まだ寝るには早いというのに、寝巻き姿なところを見ると……
「良かった、やっぱり聞こえるんだね? 昨夜からここでずっと、こうやっているのに誰も気付いてくれなくって……」
 少年は本当に嬉しそうに顔をほころばせる。
「ねえ、お兄ちゃん、よかったら上がってよ、今、お父さんもお母さんもいなくて、退屈してたんだ」
 きっと、その少年の気持ちに嘘は無いのだろう。だから今から俺がしようとしていることに、若干の罪悪感がないわけではない。
「ねえ、早く、お兄ちゃん」
「坊主、一つ聞いていいか?」
「なあに?」
 頼むから、そんな無邪気な顔を見せないでくれ。思いつつ、尋ねる。
「お父さんとお母さんは、今、どこにいるんだ?」
「うーんとね、どこか遠いところに行っちゃったんだ」
「そうか……それじゃあお前も、すぐ二人のところに行ってやれ」
 意を決して、唱える。
ナウマクサンマンダバザラダンカン!」
 絹を裂くような鋭い悲鳴が少年の口から放たれる。刹那、黒い小さな影が少年から飛び出し、グギギと耳障りな悲鳴をあげながらのた打ち回り、俺の目の前に落ちてきた。
 躊躇うことなく、俺はそいつを踏み潰した。足を上げると、最早そこに何かが存在した形跡は残されていない。
 再び顔を上げると、少年の輪郭が段々と薄れ始めていた。低級の悪鬼の類にとりつかることで辛うじて現世に留まっていた少年の魂が、形を維持できなくなりつつあるのだろう。
 とはいえ、少年がその現実を素直に受け容れられるかと言えば、そうでもない。少年は必死に、泣きながら何かを俺に伝えようとしている。それは分かるが、多少霊感がある程度の俺では、もうその声なき声を聞いてやることはできなかった。だから俺は無責任に告げる。
「泣くな、坊主。向こうでお父さんやお母さんが待ってるぞ」
 それが聞こえたのか、聞こえなかったのか。少年は泣き止んでくれた。笑顔とまでは行かないが、十分及第点だろう。
 間もなく、少年の姿は完全に霧散した。
 暫く何をするでもなく佇み、やがて視線をやや下に移す。先ほども確認した店の名前をもう一度確認する。
 『富田商店』。
 今朝からニュースで何度もお目にかかった名前だ。借金で首が回らなくなり、一家心中という道を選んでしまった商店の名前として、この界隈では今や知らない者はいないだろう。
「たく、不景気のバカヤローが」
 吐き捨てずにはいられない。
 商店街の中は、霊やら悪鬼の類が比較的少なくて、俺の数少ない安寧の地だって言うのに、こんなにもムカムカとした気分にさせやがって。
 毒づきながら、ふと周囲を見回す。
「ママー、あのお兄ちゃん、さっきから何を一人でやってるのー?」
「しっ! 見ちゃいけません!」
 幼い子供を急かしながら、母親と思しき女性が子供の手を引いて足早に離れていく。
 別のところでは、買い物を終えたオバサンたちがこちらを伺いながら、こちらに聞こえないように注意をしながら話をしている。
 ……そろそろ人目が気になってきたし、ここは大人しく帰るに限る。
そう思って踵を返したときだった。

(やっと見つけた)

 ん? 誰かの声が聞こえた気がして振り返る。だがやはり、辺りには誰もいない。
 今の声は何だったのだろうか? 疑問に思いつつも、考え事をするにはちょっと疲れていた俺は、その声を気のせいと言うことにして、さっさと家路につくことにしたのだった。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その3
 俺の日常は昔からこうだった。他の人には見えない何かが見える、聞こえる。
 祖父さんの話だと、うちはそういう家系らしくて、死んだ父さんもそういう力を持っていたらしい。
 別に奴らの姿が見えたり聞こえたりするだけなら何の問題もない。だが、困ったことに奴らは様々な手を使って俺たちに干渉してくる。どうやら奴らにとって俺たちは、甘い蜜のように美味そうに見えるらしい。
気をつけなければならないのは、奴らの見た目に騙されないこと。人畜無害な振りをして、その実、邪悪な本性を秘めているやつはいくらでもいる。さっきみたいなのがその一例だ。
 小さい頃、素直な俺は奴らの外見に騙されて、一度痛い目にあったことがある。それに懲りてからは、祖父さんの修行のもと、奴らへの対処法を身につけるに至り、今では程度の低い奴らなら、自力で退治できるようにはなった――もっとも、ちょっとレベルが上がると俺の手には負えなくなるのだが。
 とにもかくにも、俺は自分の力と境遇に、それなりの折り合いをつけているという自信を得ていた。祖父さんには修行が足りんと言われてはいたけれど、手に負えない相手を見つけたときは、その場は一旦トンズラして、後で祖父さんに退治してもらえば良い。最低限自分の身を守ることくらいは出来るくらいの力があれば充分だ。

 心の底から、そう、思ってたんだ。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その4
 商店街のアーケードを抜けると、家まではもう一本道だ。
 適度に賑わっている商店街とは打って変わって、このあたりは閑古鳥が鳴いている。ゴーストタウンと言っても差し支えない。商店街がアーケードを作る際に、収益が出る見込みがないと切り捨てた地域なので、ある意味当然といえば当然ではある。
 この道を通るときは、いつもあまり良い気分はしないが、さりとてここを通らないのは大きな回り道になってしまう。幸いにも、雰囲気の割にはここでは奴らに出くわしたことはないし、と、心なし早足で歩を進めていると、どこかしらから妙な物音が聞こえてきた。
 バリボリバリボリ
 はじめは誰かがスナック菓子でも食べているのかと思った。単調なリズムで何かを噛み砕く音から、俺が真っ先に連想したのはそれだったからだ。
 しかしそれにしてはやけに音が大き過ぎはしないだろうか。普通の人間が俺に見えないところでスナック菓子を食べたところで、その音がこれほどはっきりと俺の耳に届くことはないだろう。
 なんだかその音が無性に気になってしまって、俺は歩を止めて耳を澄ました。
 やがて単調な音の中に、グチャリと液体が飛ぶような音と、ヒャウとか細い鳴き声のようなものが混じっていることに気がついた。そしてその音が、どうやら少し先のビルとビルの間の路地から聞こえているらしいということにも。
 一瞬迷ったが、好奇心には勝てない。何か厄介ごとに巻き込まれそうなら、さっさと逃げ出せばいい。そんな軽い気持ちで路地を覗いた。
 問題の路地はほとんど陽も差さず、これといった光源もない暗がりで、相変わらず音はするものの、その音の正体は分からない。そのため俺は、路地に一歩、そして二歩踏み込んで目を凝らした。
 やがて暗闇に目が慣れてきて、そこで起こっていることの全貌が見えてくる。
 ――見なければ良かった。
 すぐにそう、後悔した。
 そこにいたのは、今まで見てきたどんな奴らよりもおぞましい醜悪な化け物だった。
 ぶよぶよしたでっかい芋虫、とでも言えばいいのだろうか。重量級の力士をふた回りほど大きくしたようなサイズのそいつを、芋虫と呼んでもいいのなら、の話ではあるが。
そいつの薄汚れた桃色の体は、芋虫のようにいくつかの節に分かれていて、そのそれぞれに足のようなものがついていた。ただし一番上だけは人間と同じような手になっているところがグロテスクすぎる。
 問題はその化け物だけではなかった。俺の興味をひいた妙な音の正体、それはそいつの咀嚼音だった。何を食べていたかって?
 猫だよ。
 そうと分かれば、さっきまでの音の意味も自ずと明らかになる。この猫は、生きながらに化け物に食われていたんだ。バリボリと自らの骨が噛み砕かれる音を聞きながら死んでいくなんて、想像もしたくない。
 唯一の救いは、件の猫が現時点では絶命していることだろう。虚ろにこちらに向けられた視線には生気が全く感じられないし、それに何より、上半身だけで生命活動を維持できるとは思えない。
 とにもかくにも今の俺にできることは、この場から一刻も早く逃げ出すことだった。幸いにも問題の異形の化け物は、食事に夢中らしく、こちらに気付いている様子はない。奴に気づかれないようにこの路地から抜け出し、後は全速力で家まで走り、祖父さんにこの化け物のことを報告する。それが最善策だ。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その5
 そう心に決めて、一歩後ずさる。途端、ガシャーンと何かが落ちる派手な音が後ろからした。
 音につられて振り返ると、路地の入り口あたりに積んであったブリキ缶が倒れているのと、路地を飛び出す何かの影が視界に入った。勘でしかないが、今まさに食われている猫の仲間が、この路地で行なわれていることに興味を抱いたはいいものの、その異常さに気付き、一目散に逃げ出したのだろう。
 だとしてもそれは、俺にとって最悪のタイミングとしか言いようが無かった。今のはヤバイ、絶対にこちらの存在に気付かれた! そう気付き、慌てて再び路地の方を振り返ると、そこにはさっきまでいたはずの化け物の影は無かった。
 呆気に取られる。しかしそれも束の間のことだった。
 別に俺の頭が冷静に働いたわけではない。目の前がスッと薄暗くなる、という状況の変化が、俺の頭に更なる混乱をもたらしたからだ。
 元々その路地は、決して明るかったわけではない。しかしそれでも、完全なる闇というわけではなかった。当たり前のことだ、暗くなってきたとはいえ、時間帯はまだ夕方。太陽という光源がまだ存在する時間だ。
 それなのに急に暗くなった原因は何か。簡単なことだ。光源を遮る何かが出現した、ということだ。
 厳密に言えば、そこまで頭が回ったわけではない。だが、これまでの経験が、ほとんど反射的に俺を振り返らせていた。愕然とする。
 そこにはさっきまで路地にいたあの化け物がいた。
 なぜ? と考える間もなく、奴が口をバックリと横に大きく開けた。
 ――笑ってやがる。
 根拠もなく、漠然とそう感じた。だが感じた瞬間、視界が急激にバックしていき、奴との距離がどんどん離れていく。
 自分の理解を置き去りにして、状況が進行していくことに憤りを感じる間もなく、全身を衝撃が襲う。
「ガハッ!」
 意識せずに出たそのあえぎだけで、全身に激痛が走る。
「ッ!」
 懸命に声をこらえる。と同時に、痛みのおかげで逆に冷静になった思考を働かせる。
 まずは自分の身体の状況を把握。全身が痛むが、特に酷いのは背中と胸の辺り。ひょっとしたら肋骨の一本や二本、折れているかもしれない。背中の方は流石に大丈夫だと信じたい。
 次に周囲の風景、そして背中に伝わる感触から、自分が今いるのは、先ほどの路地の奥深くで、行き止まりのビルを背にしているらしいと分かる。
 ではさっきまで路地の入り口にいたはずの自分が、なぜこんなところにいるのかと考え、すぐに答えにいたる。あの化け物に吹っ飛ばされたんだ。なんと言ってもあの図体だ、パンチ一つで俺の体を吹っ飛ばすのなんて朝飯前だろう。
 更に冷静になった俺の思考は、先ほどの化け物の消失と出現の謎に対する答えも導いてくれた。先ほどまで化け物がいたところ――俺の目の前に当たるわけだが――そこのアスファルトが僅かながら陥没しており、ついでに食いかけの猫が放り出されていた。
 つまり奴は、さっきの物音で俺の存在に気付くと、食べかけの猫を放置し、大きく跳躍したのだ。そして俺が後ろを向いている間に、路地の入り口に着地したのだろう。
 言葉にすればたったそれだけのことだ。だがそのたったそれだけのことが、俺には絶望的に重くのしかかってくる。つまり奴はあれだけでかい図体で、それに見合ったパワーもありながら、同時に敏捷性も備えている、ということだ。おまけに奴が最初にとった行動は、俺の退路を絶つことだった。虫のような形をしているが、それなりの知性もあるということだろう。
 冷静になればなるほど、自らの置かれている状況に光明が見えなくなってくる。これでは意識を保っていられるのと、意識を失ってしまうのと、果たしてどちらが幸せか分からない。
 胸を痛みが刺す。息が荒くなる。全身が軋む。
 そんな俺の様子を楽しんでいるかのように、奴は一歩ずつ、俺に近寄ってくる。さっきのように一っ跳びで俺のところまでくれば済む話なのに、それをしないのはこいつなりの慈悲か、あるいは嘲笑か。
「くそっ、なめやがって……!」
 沸々と湧く怒りを糧に、
ナウマクサンマンダバザラダンカン!」
 真言を叩きつける! だが……
「……ったく、そりゃないぜ」
 思わずぼやいてしまう。奴は身じろぎ一つし無い。俺のありったけの力を以ってしても、傷一つつけられないなんて……
 こうなると、俺にできることは本当に何一つ無かった。戦うことは勿論、逃げることもできない。万全の状態であっても、ここから路地の外に出られる自信は全くないと言うのに、既に俺は満身創痍。逃げられるはずが無い。
 目の前の猫の姿が、自分と重なる。ほんの数分、いや、ひょっとしたほんの数秒後に自分もああなっているのだろうか。身震いする。
 だがそれは、避けようが無い、確実な未来像。俺が無力であるが故の必然。
 そう、俺はあまりに無力だ。生まれて初めて、俺は己の無力を呪った。強くなりたい、歯を食いしばりながら、心の底からそう思った。
 でも何もかもが遅すぎる。ここを切り抜けることができなければ、俺は確実に命を落とすだろうし、ここを切り抜ける手立てなんて俺には無い。天使が救いの手を差し伸べてくれる、なんて奇跡が起きない限り、俺はここを生き残ることなんてできない。

 だから

 その時目の前にフワリと舞い降りた少女は

 俺にとって紛れもなく天使と言っていい存在だった。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その6
 我が目を疑った。
 音も無く舞い降りた少女は、後姿からするとおそらく十歳前後ではないだろうか、と思われるくらい小柄だった。短く切られた髪がその印象を色濃くする。
だが彼女を強烈に印象付けるのは、むしろ彼女が着ている服だろう。彼女が着ていたのは、下着が見えてしまうのではないかと心配してしまうほど裾の短い真っ赤なワンピースだった。
 巨大な芋虫の薄汚れた桃色と、小さな少女による真紅のコントラスト。それがあまりにも異質で、その光景が現実のものであるとは到底信じられなかった。夢でも見ているのではないだろうか。そんなことを考えていた俺の思考を現実に引き戻すかのように、少女が言葉を紡ぐ。
「全く、何もかも台無しですわ。折角、トーヤさんとの劇的な邂逅を果たすための百八つの演出を考えていましたというのに、あなたのせいでぶち壊しです」
 不満げに化け物に向かって吐き捨てる少女の言葉の中に、聞き捨てならない単語が入っているのに気付く。
「ま、待て。お前、今、俺の名前を出さなかったか?」
 思わず出した言葉に反応して、少女が振り返る。
 息を呑むような美しさだった。見た目は幼いのだから、本来なら可愛いとかいう表現を使うべきなのだろうが、美しいという表現の方が間違いなく彼女には相応しかった。つり気味の目など、どこかしら彼女から漂う妖しい雰囲気がそうさせるのかもしれない。
 こいつ、本当に年下か?
「トーヤさん、流石に失礼ですよ、女性に会うなり年齢の話をするなんて。こう見えても、わたくし、トーヤさんとは……っと」
 言いながら彼女は俺の体をいきなり抱えると、大きく跳躍してビルの屋上へと跳び移った。――いやいやおかしいだろ! このビル、確か五階建てだろう? それを一っ跳びだなんて! 思った直後、さっきまで俺たちがいた辺りに芋虫の拳が振り下ろされる。
 事態の推移についていけず唖然とする俺を、彼女はそっと降ろしてくれると――冷静に考えれば、俺、お姫様抱っこされてたのか――地上を見下ろし、
「全く、落ち着いて話もできませんわね。やっぱりまずは、あの方をぶちのめしてからでないといけませんわね」
 そうぼやいた。馬鹿丁寧な言葉遣いの端々に現れる過激な表現には驚かされるが、少しだけ落ち着けたことで、最初に聞くべきだった質問が素直に口をついた。
「お前、一体誰だ?」
 その一言で、一瞬、彼女の表情に困惑が浮かんだ気がした。しかしそれはすぐさま消え去り、
「そうでしたわね、まずは自己紹介をしませんと」
 言って、こちらに体を向けると、
「わたくし、名をボタンと言います。あ、洋服のボタンじゃありませんよ、お花の牡丹の方です。以後、お見知りおきを」
 そう名乗って、ワンピースの両端を軽く摘み上げながら頭を下げた。
「さて、ゆっくりお話したいところですけれど、そうも言ってはいられません。まずは下の掃除を済ませてきますので、お話はそれから、ということで」
 言うなり、屋上の淵に足をかけたボタンと名乗る少女に対し、
「ま、待ってくれ。その前に一つだけ」
 思わず声をかける。声をかけられ、ボタンはこちらを振り向くが、質問を考えていたわけではない。それに一つだけとは言ったものの、聞いておきたいことは山ほどある気がする。結局、混乱する頭が捻り出した質問は、
「どうして、俺を助けてくれるんだ?」
 これだった。現状を理解するのに、おそらくはあまり助けにならないその質問だったが、彼女は満面の笑顔でこうこう答えた。

「簡単なことです。だってわたくし、トーヤさんのこと、骨の髄まで愛していますもの」

 それだけ言って、彼女は地上の戦場へと身を投じた。
 それは十数年生きてきて、初めての愛の告白だった。しかしなぜか、想像していたような感慨は無かった。
 何故だろうと考えてすぐに思い至った。彼女の笑顔だ。それがあまりに妖艶で、この世のものとは思えなかったから――怖かったのだ。あんな笑顔を見せ付ける彼女の存在が。
 彼女の本心が言葉通りのものか、はたまた何かをごまかすためのデタラメか、まだ現状を認識しきれていない俺には判断しかねたが、一つだけ断言できることがある。
 彼女は人間ではない、その一点においては確信を持って断言できた。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その7
 痛む胸を押さえながら、地上の様子を覗き込む。
 先ほど俺の前に現れたときのように、ボタンは音も無く地上に着地した。着地場所は路地のほぼ中央、やや芋虫から距離をとった位置だ。そしておもむろに右手を水平に突き出し、彼女の方に向き直った芋虫と相対する。
 気がつけばボタンは、手にキラリと光る何かを握っていた。
 ナイフだろうか? 最初はそう考えたが、よくよく見るとそうではないことが分かった。
 脇差だ。
 例えば俺があの化け物相手にその得物を用いるのなら、それはあまりにも頼りないように思えるだろう。だが、ボタンがそれを得物とする姿は、小柄な体格と相まって、むしろこの上なく頼もしい得物となる――そう思ってしまうほど、ボタンが脇差を構える姿は自然だった。
 お互いの実力を測るかのように、両者はしばらく睨みあい、動かない。
 最初に動いたのは芋虫の方だった。俺が最初にしてやられた跳躍で、一気にボタンの上空へと飛び上がると、そのままの勢いで自由落下! ――したのだが――
「遅すぎます」
 その時点で、既にボタンは後方に離脱していた。更に、着地の瞬間無防備になった芋虫に向かって跳躍し、すれ違いざまに頭部を狙い、脇差で切りつける。
 ピギャーと耳障りな悲鳴をあげながら、芋虫がのたうつ。ボタンも同じことを考えたのだろうか。
「耳障りなことこの上ないですね、できるだけ早く終わらせましょうか」
 言いながら、脇差に付着した奴の体液を、脇差を軽く振ることで落とすと、芋虫に向かって疾走する。
 それに気付いたらしい。芋虫の方ものたうつのを止めると、ボタンに向き直り、右の拳を彼女へ向けて放った。
 対するボタンは、まるで、その動きを読んでいたかのように急制動をかけると、紙一重でその攻撃を回避した。
 だが、芋虫の追撃は止まない。右、左、右、左と続けざまに、拳を放つ。ボタンはそれを、バックステップで華麗にかわすが、段々と壁際に追いつめられていき、遂にはこれ以上後退できないところまでたどり着いてしまった。
 その瞬間、奴の口が、また大きく開かれる。自らの絶対的優位を確信した、下卑た笑いだ。奴はそのまま、右の拳をボタンに叩き込む。
 危ない! そう思った俺の思考は杞憂だった。さがることができないなら、どうすればいいのか。簡単なことだ。前に出ればいい。
 ボタンは芋虫の拳の軌跡を正確に読みきると、あろうことかその拳に乗ってしまい、そのまま腕を伝って芋虫に向かっていく。そしてやはりすれ違いざまに芋虫の顔を切りつけていく。
 今度は奴の目に当たる部位を傷つけることに成功したらしい。先ほど以上に、芋虫が身悶えしている。
「全く、その程度の実力でわたくしの愛するトーヤ様を襲おうなんて、片腹痛いですわ」
 言いながら再び右手を前に突き出し、芋虫と相対して、宣言する。
「さあ、かかっていらっしゃいな! 芋虫さん!」
 その言葉の意味を理解してか、あるいは単純に、自らを傷つけたことに対する怒りか、猛りとともに、芋虫がボタンへと突っ込んでいく。その動きには、先ほどまでは辛うじてあった余裕は少しも見当たらない。ただの怒りに任せた、無様な姿がそこにあった。

 おそらく、その時点で雌雄は既に決していたと言っても過言ではないだろう。
 ボタンが与えるダメージの一つひとつは、先ほど、奴の目に与えたダメージを例外に、決して大きなものではない。むしろあのような巨体の化け物に対しては、蚊にかまれた程度のものでしかないだろう。事実、その後、彼女は幾度と無く芋虫を切りつけながらも、なかなか芋虫は倒れる素振りを見せなかった。
 だが、それらは積み重ねることで最終的には取り返しのつかない致命傷となっていく。傍から見ていても、芋虫の動きは目に見えて鈍くなっていた。
 それに対し、芋虫の攻撃はボタンに全く当たらない。あの体格差だ。おそらく一度でも奴の攻撃がボタンに直撃すれば、形勢は一気に逆転するだろう。
 だが当たらない。どれ程拳を振るっても、奴はボタンに触れることすらできない。
 素人目に見ても、決して奴のスピードがボタンと比べて劣っているわけではないと思う。むしろ、上回っているようにさえも見える。パワーに関しては言うに及ばずだ。
 おそらくボタンが、あの芋虫に対して唯一優位を保っているとすれば、それは先読みの力だろう。即ち、相手の行動を予測し、それに対応していく能力、それだけで彼女はあの化け物相手に立ち回っている。
 芋虫が冷静さを欠くようになってからは、その傾向が顕著だ。怒りで動きが直情的な分、先読みもしやすいのだろう。
 例えるなら、彼女の戦い方はマタドールのそれだ。
 パワーもスピードも上の闘牛相手に立ち回り、動きを先読みし、真っ赤な布で挑発し、勝利を収めるマタドール――そんな風にして、彼女は、芋虫を圧倒している。
彼女の着る真っ赤なワンピースが、そんな考えを助長するのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、戦いは最後を迎えようとしていた。
「見るに耐えませんね、そろそろ終わりにしましょうか」
 彼女の言うとおり、芋虫はいつのまにかに全身が切り傷だらけで、さっきまで俺を喰らおうとしていた奴と同じ奴とは思えないほどに生気がなかった。
 最後の抵抗だろう。ふら付きながらも、芋虫は体を大きく反らせ、その勢いに任せて渾身の一撃をボタンに向けて振り下ろした。
 しかしそんな在り来りな一撃が彼女に届くはずも無かった。
 ボタンは跳躍し、その攻撃を避けると、芋虫の脳天に刀身が見えなくなるほど、深々と脇差を突き刺した。
 それが決め手だった。
 自らの頭上にいるボタンを振り払うこともできずに、芋虫はとうとう絶命した。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その8
 マタドールは、自らが仕留めた闘牛に対し、最大限の敬意を払うという。
 しかしボタンにとってはそうではないらしい。深々と突き刺した脇差を抜くと、徐々に輪郭を失っていく芋虫に対して全く気を払う素振りは見せない。まるで路傍の石であるかのような扱いだ。
 だからと言って、芋虫に対して同情する気は更々無いけれども。
 ちなみに、ここで忘れてはならないのは、彼女があの芋虫を倒すに至った経緯だ。あいつは俺との話を邪魔されないために奴を倒すと言った。とすれば、次に彼女がとる行動は――
「さあ、これで邪魔者はいなくなりました」
 予想と違わず、彼女は俺の前に現れた。
「けれど、さすがにちょっと――」
 さて、何から聞けばいいのか――って、あれ?
「疲れてしまいました」
 言いながら倒れこんでくる彼女を、咄嗟に受け止める。
「――――!」
 彼女の重みが、痛む体に――特におそらく折れている肋骨に――ダイレクトに伝わり、声にならない悲鳴を上げる。
「だから、積もる話はまた、今度にさせていただけますか?」
 俺の胸の痛みに頓着せずに、顔を埋めながらボタンが呟く。
 痛みをこらえながら、ため息を一つついて、答える。
「なんだかよく分からないが、お前はどうやら俺の命の恩人らしいからな、そんな奴のお願いを無碍にはできないだろう」
 それに正直、俺のほうも頭を整理する時間がほしい。
「良かった。そう言ってもらえると嬉しいです」
 そう言って微笑む姿は、先ほどまで化け物相手に戦闘を繰り広げていたというのが嘘のような、体格相応の無邪気さを体現していた。
 だからその瞬間、俺は間違いなく彼女に気を許してしまっていた。
「それじゃあ今日は、ご褒美だけもらって帰ることにします」
 そんな状態で、そんな言葉をかけられ、思考がしばし空回りする。
「ああ、そうだな、ご褒美……って、俺が何か払うのか?」
「はい、大丈夫ですよ、別に命をとるわけじゃありませんし、それに……痛くしませんから」
 頭が真っ白になる。今、こいつは最後になんて言った? それってむしろ、俺のセリフじゃないの? じゃなくって、それじゃあこいつの言うご褒美って?
「ま、待ってくれ、お前の言うことが理解できないというか、なんと言うか……」
「いえ、待ちません」
 その言葉とともに、彼女の目に淫靡な光が宿った気がした。同時に、彼女は大きく背伸びをすると、俺の唇を唇で塞ぐ。
 初めてのキスだった。
 だが、感慨に浸る暇は無い。彼女は強引に俺の口の中に何かを入れてくる。それが彼女の舌だと気付くまでに、やや時を有した。
 ひたすら混乱に陥っていると、
 ガリッ
 と、何か硬いものを噛んだことに気がついた。その正体に思いをはせる間もなく、意識が急激に薄れていく。
「な……」
 言葉を発する間もない。全身の力が抜け、倒れる直前、彼女がこう呟いたような気がした。
「大丈夫ですよ、朝には全てが終わっています」
 その意味を咀嚼する間もなく、俺の意識は完全に闇に沈んだ。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その9
 少しずつ、まぶたを開いていく。
 視界に飛び込んでくるのは、見慣れた天井、白壁、障子――そして、
「目が覚めたか、小童」
 聞きなれた祖父さんの声が聞こえてきた。
「ここは……うち? あれ? 俺、確か路地で……じゃああれは、夢?」
 意識がハッキリしてくるにつれて、あの出来事が悪い夢だったような気がしてくる。だが、現実はそう甘くはない。
「何があったか知らんが、お前さん、昨夜、家の前で傷だらけで倒れとったんだよ。幸か不幸かは分からんが、おそらく夢ではなかろうよ。帰りがいつもより遅いとは思っとったが、まさか傷だらけで帰ってくるとは思わなんだ」
 言いながら、祖父さんは障子を開けてくれた。確かに部屋に差し込む光は、太陽の光だ。どうやら俺は、一晩中眠っていたらしい。
 と、祖父さんが欠伸を一つした。改めて祖父さんをよく見ると祖父さんの目には隈ができている。おそらく俺が目を覚ますまで、ずっと寝ずに看病してくれていたのだろう。
 声に出すのは気恥ずかしいので、心の中で礼を言う。ありがとう。
 でも待てよ、家の前で倒れていたってことは……
「祖父さん、家の前にいたのは俺一人だったのか?」
 祖父さんはちょっと不思議そうな表情で、
「当たり前じゃ、他に誰が……待てよ、いや、そういうことか。つまりお前の怪我の手当てをしてくれたやつがいなかったか、ということか。少なくともわしは見とらんな」
 意味深に呟く。今度はこちらの頭に疑問符が浮かぶ。
「なんのことだ、怪我の手当てって?」
「決まっておろう、お前さん、わしが全身打撲、擦過傷だらけの小童を自分で治療しようと考えると思うかいな」
 思わないな。別に薄情とかそういうわけじゃなく、素直に病院に連れて行くだろう。餅は餅屋だ。
「お前さんの怪我は、わしが見つけた時点で手当てはすんどったよ。もう手をつける必要がないくらいにな。実際どうだ、そう痛みはないんじゃないか」
 言われて体を起こしてみると、確かに昨日感じた、軋むような痛みは全くなかった。
 その時になって、昨日の彼女の言葉の意味に思い当たる。
『痛くしませんから』
「……紛らわしい言葉を使いやがって……」
 いや、妙な想像をした俺が悪いんだろうけれど……
「どうした、顔が赤いぞ? 熱が出ちまったか?」
「い、いや、大丈夫。どこも悪くない」
 一つ難を上げるなら、胸に違和感があることだろうか。なんだろう、この感じ。何か物足りないというか……モヤモヤするというか……
「しかし何だな、お前を助けてくれた相手に向かってこんなことを言うのもなんだが、くれぐれもそいつに気を許すな」
「え?」
 虚をつかれて、思わず間抜けな返事をしてしまう。
「お前をうちの前に置いていったということは、そいつは、結界を越えられなかったということだ。おそらくそいつは魑魅魍魎の類だ。今回は何事もなかったかもしれんが、次もそうだと言う保証はない。まあそれくらいのこと、お前には言わなくても分かっとるだろうがな」
「……ああ、分かってるよ」
 そう、それくらい心得ている。彼女が人ならざる者であると知っていながら、彼女に一瞬でも気を許してしまった昨日の自分の行為には非があったことは十分に。
 それでも、昨日渇望した強さまで間違いにはしたくないから、告げる。
「なあ、祖父さん、前みたいに俺に、修行をつけてくれないか」
「ほう、どういう心変わりだ。あれほど修行をめんどくさがっとったくせに」
「――強く、なりたいんだ」
 あの小柄な少女が見せてくれたように、強者に立ち向かうことができるような強さがほしい。
 この想いだけは、祖父さんにも否定させはしない。
「……ふん、良かろう。今度は音を上げるなよ」
「ああ、当然だ」
 祖父さんの返事に充足感を得た俺は気づく。
 この胸の違和感の正体――それは充足感の対極に位置するもの――喪失感だ。
 胸にポッカリと穴が開いたような感覚――これほど今の俺にしっくりくる表現はないだろう。
 この喪失感が、何を失ったことに起因するのかは今の俺には分からない。それでもそれが、彼女に関わることだろうことくらいは容易に想像がつく。
「また会えるんだよな、ボタン」
 だから俺は、知らずそんな言葉を呟いていたのだった。
骨の髄まで愛してる 第1話 12th rib その10
「ええ、また会えますよ」
 ボタンが穏やかな笑みで呟く。トーヤが妖艶と評した笑みからは程遠いその笑みは、彼女の雰囲気を一層幼くする。
 そこはトーヤの家の裏にある竹林の中。
 周囲には誰もいない。彼女のその言葉と、風に揺れる笹の音、そして時折聞こえてくる、ボタンが何かをかじる、カリッという音だけが響く、静謐な空間。
 ――その静謐な空間に、
「奴は目を覚ましたのか?」
 いつのまにか一人の男が紛れ込んでいた。ヒョロリとした色白な肌で、長く伸ばした前髪は右目を隠している。根暗を絵に描いたような男だった。
 彼の出現に、ボタンの表情も不機嫌になる。
「ええ、目を覚ましました」
「そうか、なら帰るぞ」
 にべもなく男は告げる。ボタンは不服そうな顔を見せるものの、結局逆らわずに男についていく。
 男は竹林の中へと歩を進め、不意に立ち止まる。
「そういえば昨夜は聞きそびれたが、お前、それはなんだ?」
「それ? ああ、これのことですか?」
 言いながら彼女は右手に握っていたものを見せる。
「ご褒美ですよ」
 骨だった。より厳密に言うならば、人の肋骨だ。
「お前、それは、あの人間の骨なのか?」
「ええ、そうですけれど、それが何か?」
 少女は質問の意味が分からない、と言う風に首をかしげる。
「それじゃあお前は……今回のようにあいつが何かに襲われたら、また肋骨をとるのか?」
「まあ、失礼ですわね。今回はちょっと大変な相手でしたし、たまたまトーヤさんの肋骨が折れていたから頂戴しただけです。次はもっと目立たない骨を頂きます」
 男はため息をつく。別に彼は人間の一人どうなったって構わないが、それでもぼやかずにはいられなかった。
「奴がお前に骨抜きにされるのと、骨無しにされるの、いったいどっちが先なんだろうな?」
「何かおっしゃいました?」
 少女の無邪気な問いかけに、
「いや、何でもない」
 それだけ言って、男は歩行を再開する。少女もそれに続く。
「ちなみに……美味いのか?」
 歩みを止めず、男が尋ねる。
「ええ、勿論」
 トーヤが妖艶と評する、満面の笑みを以って彼女は答える。

「だってわたくし、彼のことを、骨の髄まで愛していますもの」
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