「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
月灯り・夢語り
 それは、月明かりがふんわりと落ちてくる、ある夜に
 周囲に人影の見当たらない、ちょっと洒落た片田舎の居酒屋の前で
 カランカランと、小気味の良い音とともに、一人の若い男が店を出たところから始まる物語。
 
 *
 
 男は、胸ポケットに手を伸ばした。そこにあったのは開封済みのタバコの箱だ。
 彼は慣れた手つきでタバコを一本取り出し、口に銜えると、左手を風除けにしながら、ライターを使い、それに火をつけた。
 たばこの煙か、はたまた吐息か、白い煙が宙に舞う。男はぼんやりとその煙の行方を見るではなしに見つめていた。
 その煙が空にほとんど溶けようとしていた頃、カランカランと、ドアベルの音とともに再び店の扉が開かれた。
 そちらに目を向けた男の目が、驚きのせいか、心持ち大きく見開かれる。
「そんなところで何しているの、勝彦君?」
 扉から顔だけ出して、まだ幼さの残る、艶やかな黒髪のうら若き乙女が男に尋ねた。
「何って……タバコを吸ってるのさ」
 いたずらを見咎められた子供のように、ばつが悪そうに男――勝彦は返事した。
 彼女はその返事に納得できなかったらしく、首をかしげてから店の外に出て、扉を閉めた。
「おいおい、こんな寒い日にわざわざ好きこのんで外に出てくることはないだろうに」
「そういう勝彦君だって、わざわざこんなところでタバコを吸うことは無いんじゃない? 中には灰皿もあるし、それに他にもタバコを吸っている人はいたじゃん」
 彼女の素朴な疑問に、勝彦は苦笑しながら答える。
「いや、だってさ、皆がどう思ってるか知らないけれど、少なくとも俺は永畑先生がいる前でタバコは吸えないよ」
「あらあら、クラスで一番やんちゃだった勝彦君からそんな言葉を聞けるなんて」
「言ってくれるなあ」
 苦虫をつぶしたような顔で勝彦はぼやく。
「でも、まあ永畑先生には俺なりに感謝してるからさ、先生が最後の授業で教えてくれたことを目の前で裏切るのは流石に忍びなくってさ」
「最後の授業……ってなんだったっけ?」
「覚えてないか、今日の俺たちの話……同窓会の話だよ」
 それを聞き、
「あー、そういえば、そんな話があったようななかったような……」
 彼女はこめかみを軽く押さえながら記憶をたどる。
「美弥子がそんな調子なら、みんな似たようなものかもしれないな。けれど俺は、どうしてだかよく覚えてるよ。かつての教え子たちとの同窓会――それも今日の俺たちみたいに成人の日を祝っての同窓会の席で先生が一番悲しかったことは、教え子たちの何人かが喫煙者になっていたこと、だから俺たちの同窓会の時は、喫煙者がいないことを願う。そんな話をしてくれたんだ」
 女性――美弥子の顔が緩む。
「……思い出した、確かにそんな話をしてくれたよね、ホームルームの時間だったかな」
「ああ、テーマは喫煙の害についてだった。あの頃は、こんな毒物の摂取、絶対にするわけないって思ってたのにな。まさか喫煙者になってるなんて夢にも思わなかったよ」
 自嘲気味に呟きながら、勝彦はタバコを再び銜え、紫煙をくゆらせる。
「そっか……そうだよね……じゃあ例えば、私と恋人になってる夢は見たりしてたの?」
 美弥子の言葉に、勝彦はゲホンゲホンと、タバコのせいではない大きな咳をする。
「お前、何をいきなり……!」
「安田君たちに聞いたよ、勝彦君の初恋の人って、私だったんでしょ」
 いたずらな微笑みで、美弥子が問いかける。
「あいつら、裏切りやがったな……」
 苦々しげに勝彦がこぼす。
「ってことは、やっぱり安田君たちが言ってたことは本当なんだ。そっか、ちょっと嬉しいかも」
「嬉しいだなんて、お世辞はいいよ。クラスで一番のやんちゃ者だった奴から惚れてたなんて言われても、困るだけだろう?」
「そんなことないよ、だって、私の初恋の人も勝彦君だったし」
 サラリと告げられた美弥子の言葉に、勝彦の目が点になる。
「あれ? 何、その目は? そんなに意外? 私としては結構、そういう素振りは見せてたつもりなんだけれどね」
「そ、そうなのか? え、じゃあ待てよ、あれか、もしかしてあの時、勇気を出して告白してたら今頃もしかして……」
 慌てた素振りで勝彦が言葉を並べる。
「そうだね、もしかしたら今頃私たちは、恋人同士だったかもしれないね」
 クスクスと、どこかしら小悪魔を連想させるような笑顔で、美弥子が囁く。
「そ、それじゃあ今からでも……」
「ざーんねんでした、こんな美人を世の男どもがほったらかしにしていると思う?」
 満面の笑みとともに、美弥子が嘯いてみせる。
「そりゃ、そうだよなあ」
 言って、勝彦も大げさにうな垂れてみせる。
「……でも、今の話を聞いてたら、なんとなく分かっちゃったかも」
「分かったって、何が?」
 困惑気味に勝彦が聞く。
「よく言うじゃない? 初恋は実らないって。それって半分正しくて、半分間違ってるんじゃないかなって、思ったんだ」
 勝彦が首をかしげる。
「なんて言えばいいのかな。ほら、さっきのタバコの話もそうだけど、私たちが子供の頃、大人になった自分が何をしているかなんて、全然想像できないじゃない? ただそれとは逆に、未来の私たちが過去を振り返れば、今の私たちを形作っているもの、それは見えてくると思うんだ」
「確かにな、子供の頃の俺には気づけなかったことだけれど」
「そう、まさにそれ。私たちは常に何らかの選択を繰り返しながら、少しずつ大人になっていく。でも、子供の頃の私たちはそれに気づけない。だから、そう、初恋は実らないんじゃない。実らせることを選ばないんだよ」
「それ、美弥子に言われると辛いなあ」
 携帯灰皿でタバコの火を消しながら、勝彦は天を仰いだ。
「でもさ」
「え?」
「確かに夢を叶えることを選ばなかった過去を拭うことはできないけれど、夢を叶える未来を選ぶのに、遅いってことはないよな」
 自分に言い聞かせるように述懐すると、勝彦は先ほどまでとは打って変わった真剣な面持ちで美弥子を見つめる。
「なあ、どう思う? 美弥子」
「ど、どうって、言われても。ほら、私、だって今、彼氏がいるし」
「もう嘘はつかなくていいさ。お前みたいな内弁慶に彼氏なんてできるわけないだろ」
 呆れ気味に勝彦が言ってのける。
「な! ちょ、ちょっと。勝彦に私の何が分かるって……」
「分かるさ、中学を卒業するまでずっと見ていたんだから」
 顔を真っ赤にして反論する美弥子の言葉を遮り、勝彦は真っ直ぐ美弥子を見つめると、優しく美弥子を抱き寄せた。
「も、もう……ば、馬鹿……」
 二つの影が一つに重なる様を、月だけが見つめていた。

 *

「ってな展開で、勝彦と美弥子が結ばれたってのはどう?」
「……あんたさ、もしかして親友の結婚式の間中、ずっとそんなことを妄想してたの?」
「失敬な。披露宴の間もずっと考えてたさ」
「……きっかけは同窓会で再開したことでしたって言葉一つでそこまで想像できる、あんたの想像力には時々敬服するわよ」
「うーん、誉められているような気がしないのはなぜだろう?」
「当たり前よ、誉めてないもの」
「あらら、そんなにはっきり言わなくても。でもさ、自分で言うのもなんだけれど、結構いい話だと思わない? 昔どこかの魔法少女が夢見れば夢も夢じゃないって言っていたけれどさ、それってやっぱり真理じゃないよね。夢を実現するためには、夢を見るだけじゃなくて、夢を叶えるための選択が必要なんだよ」
「まあ確かにそれは、あんたの言うとおりでしょうね」
「そうだよねー。というわけで結婚しよっか、美南」
「な、な! ち、調子に乗るな! そういうことはもっとロマンチックな時と場合を選んで言いなさいよ! 世間話のついでみたいに言うな!」
「えー、満月の夜、海沿いの帰り道。この上なくロマンチックだと思うんだけどなあ」
「寝言は寝て言え!」
「とか言っちゃって、本当は嬉しいくせにー」
「こ、このー! 私はね、武、あんたのそういところが嫌いなのよ!」
「そう? 僕は美南のそういうところが好きだけれどねー」
「……も、もう、馬鹿ー! し、知らない!」
スポンサーサイト
copyright © 2006 「メビウスの輪」の表側 all rights reserved.
Powered by FC2 blog. Template by F.Koshiba.
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。