「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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余韻 ―死神くん『娘どろぼう』より―
このブログでは、主として自作小説の発表を行ってきましたが、

ちょっと他のこともやってみようかな、と思い立ち、ジャンルを問わず、

自分が気にいった作品のレビューを書いてみることにしました。

どれほど続くか分かりませんが、よろしければお付き合いください。

最初に取り上げるのは、やらない夫で死神くん『娘どろぼう』です。

当然のことながら、以下は作品の核心に触れることになりますので、

ネタバレを嫌う方は先に作品を一読されることをお勧めします。

作品単体では、決して長くはありませんので、サクッと読めると思います。

ただ、このレビューの目的は、死神くんを読んだことがない人に読みたい! と思わせることなので、

多少のネタバレは含むものの、先にこちらのレビューを読んでいただいても大丈夫にしているつもりです。

前置きが長くなりました、レビューに入りたいと思います。
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CONFUSED MEMORIES
 静かな夜だった。
 聞こえるのは、遠く足下から聞こえてくる潮騒だけ。耳を澄ませば、もしかしたら彼の心臓の鼓動だって聞こえてくるかもしれない。
 そっと彼の様子を伺う。
 彼は、ここに来てからずっと、ただ何も言わずにじっと海を眺めていた。その面持ちはなんだか深刻そうで、声をかけるのはためらわれる雰囲気で……
 そう、一言で言えば、彼の様子はどこかおかしかった。

 *

 彼の様子がおかしいのも無理はない。
 明日の私は、今の私とは全然違う私なのだから。
「……本当に、大丈夫なのか?」
 搾り出すように、彼はそう呟いた。
「大丈夫よ。そりゃあまあ、不安がないって言えば嘘になりますけれど、これで文字通り頭痛の種から解放されるんです、いっそ晴れ晴れとしていますよ」
 そんな彼の姿が見ていられなくて――私は努めて明るく振舞う。

 *

 そもそも初めからして、おかしかった。
「海に行くぞ」
 彼のそのあまりに唐突な提案は、深夜23時のものだった。
 呆気にとられる寝ぼけ眼の私の手をとり、彼は部屋から私を連れ出すと、車に乗せてそのままここまで連れてきてしまった。
 クシュン、と小さなくしゃみを1つ。考えてみれば今の私の格好は、寝巻きにカーディガンを羽織っただけの、簡素なもの。この時間、外を出歩くにはあまり適当でない。
「寒いか?」
 それまでずっと黙りこくっていた彼が、尋ねてきた。
「え? い、いえ、大丈夫です。別に寒くはありません」
 反射的に強がって見せる。
「そうか……」
 そう言って納得したような表情を見せると、彼はおもむろに自分が着ていた上着を脱ぎ始めた。
「え、あの、ですから、別に寒くなんかありませんって……」
「バカ、こういうときのお前は、変に遠慮してとっさに嘘をつくだろうが。それくらいわからない俺じゃない」
 言いながら、脱いだ上着を私にかけてくれた。それが暖かくて、そして彼のかけてくれた言葉が嬉しくて、私は自分の顔が紅くなるのを感じた。
「でもな、1つだけわからないことがある」
 私に上着をかけてくれた彼は、そこで一旦言葉を区切る。
「お前はどうして、俺についてきてくれたんだ? 俺のことは覚えていないはずなのに」

 *

「お前が……お前が無理してどうするんだよ!」
 彼の言葉は、今までとは違って、やけに語調が荒かった。
「……何を言ってるんですか、別に私、無理なんて……」
「無理してるだろ! 不安にならないはずがないじゃないか! 今までの記憶を失うその前の日に、不安にならないやつなんているわけがない!」

 *

 私が永い眠りから目を覚ましたのは、つい昨日のことだ。そこは見覚えのない病室で、混乱しきった私の前に現れた医者は言った。
 曰く、私はある2年前、ある難病にかかってしまった。当時、その病気にはこれといった治療法が存在しなかったが、幸いにもその後、画期的な治療薬が開発された。
 しかしこの治療薬にはある強烈な副作用があった。服用者は約1年間、目を覚まさずに昏睡状態に陥ってしまうこと。そして服用者は5年間前後の記憶を失ってしまうこと、の2つであった。
 勿論そんなことを言われたところで、私には実感など湧くはずがなかった。ただあるのは、心にポッカリ穴が開いたかのような空虚感だけ。
 そんな時だった。顔を見たこともない彼が、私の病室へやってきたのは……

 *

 もう、我慢の限界だった。
 私は泣いた。ただ延々と。欲しいものがもらえなくて愚図る子供のように、脇目も振らずに。
「イヤだよ……私、イヤだよ! ユウちゃんのこと、忘れたくない!」
 私とユウちゃんが出会ったのは3年前のこと。多少の個人差があるとはいえ、薬の副作用は3年前の記憶を見逃してくれるほどには甘くない。
 私は彼のことを忘れる。それは間違いのない、厳然たる事実だった。

 *

「さあ……なぜでしょうね?」
「……はぐらかしてるのか?」
「いえ、そんなことないですよ」
 それは、私自身疑問に思うところだった。目覚めたばかりで頭がはっきりしてなかったとはいえ、私は特に抵抗することなく彼についてきた。彼の様子が、どこかおかしいと感じていたにも関わらず、である。でも……
「でも、あえて言うなら……直感、ですかね?」
「直感?」
「ええ、なんとなく私は、この人のことが好きだったんじゃないかなって、直感です」
 その時の彼の顔は、なんとも形容しがたいし、他人が形容していいものじゃない気がした。でも、あえて言わせてもらえば、それはきっと世界で一番幸せな泣き顔だった。
 だから私はそんな彼に言葉をかけることはせず、ただ黙って見守っていた。

 *

「また来年、お前の誕生日にここに来ようか」
 彼は不意にそう告げた。
「……どうして? 来年の私は、今の私じゃないんだよ? その約束を、私は覚えていられない」
「いいんだよ。お前が覚えていなくても、俺が覚えている。お前との思い出も、今日の約束も、何もかも。それに……」
 そう言ってから、照れ臭そうに頭をかいて、
「俺との思い出があってもなくても、お前はお前だろ?」
 それはどう考えても、魔法の呪文だった。あんなにも不安で一杯だった私の心を包み込んでくれる、優しい呪文。
 さっきまでとは違う涙が頬を伝うのを感じながら、その魔法の呪文に最後の一歩を押された私は、バカなお願いを口にすることにした。
「……じゃあ、私からも1つ、いいかな?」
「なんだ? 今の俺なら、大抵の頼みなら聞くぞ」
 その言葉が嬉しくて、だから私は最後の願いを告げる。

 *

「約束だったんだよ」
 それは暫く泣き続けた彼が、最初に告げた言葉だった。
「約束って、何がですか?」
「お前を誕生日にここに連れてくること、それがお前と最後に交わした約束の1つだったんだ」
 誕生日って……それじゃあ今日は……
「誕生日おめでとう、茜。そして俺は、もう1つの約束も確かに果たした」
 もう1つの約束を聞くなんて、野暮なことをする必要はなかった。
 だって彼は、私を優しく抱きしめてくれたんだから。1年前だろうと何年前だろうと、きっと私ならこういうだろう。

 *

「記憶を失くした私を、また愛してくれませんか?」
 その言葉に、彼はただ、黙って頷いてくれたのだった。
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