「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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母の味
 母のことを思い出そうとすると、いつも真っ先に思い浮かぶのは後ろ姿だ。
 パート先から帰ってくるなり台所で料理をする母の後ろ姿こそが、私が一番良く見た母の姿だったからだろう。
 時間はそんなになかったはずなのに、とびきりの料理を作ってくれた母。
 私が料理を手伝おうとすると、いつも笑って居間で待つように言ってくれた母。
 なんに対しても一生懸命で、弱音を吐くことのなかった母。
 そんな母が死んでから、もう1年以上になる。
 私が一人暮らしをやめて父と暮らし始めるようになったのは、母が死んですぐの事だった。頑固で意固地で石頭の父が独り暮らしを始めたら、母の作った料理の味を忘れられずに、食事もろくすっぽとらないのは目に見えていたからだ。
 実際にはじめの頃は、私が作った料理には一切口をつけてくれなかった。それもそのはず、母が料理をしている時はいつも台所を追い出されていたため、私は母に料理を習ったことなどないのだから。
 今思えば、母は不器用な私を台所から追い出していた節がある。そう考えると、当時の私にとって台所は立ち入り禁止の聖域であり、料理を学ぶことなど不可能だったのだ、と自分に何度空しく言い訳したことか。
 最近は恥を忍んで料理教室に通うようになった効果が現れたのか、父も私の料理に口をつけるようにはなってくれた。ただ食べ終わったあとの感想は必ず「まだまだだな」の一言で終えられるのには閉口してしまう。
 さて、私がこんなことをつらつらと思い出していたのは、他でもない。ここにある母のメモのせいだ。これを見つけたのは、残業で帰りが遅くなってしまったある晩のことだった。
 
 *

 冷蔵庫を開けた私は凍りついてしまった。いや、別に冷蔵庫の冷気が私を凍てつかせるほど強力だったわけではない。冷蔵庫の中がほとんど空っぽだったのだ。
「……」
 迂闊だった。昨夜の時点で、食材がなくなっていたのは確認済みだった。だからこそ今日の帰宅途中での食材確保は必須事項だったのだが、残業のせいで完全に忘れていた。
 今更食材を買いにいこうにも、近所にはコンビニしかないから、相当時間がかかってしまう。最終手段として、母の存命中から冷凍庫の中で調理されるのを待ち望んでいる冷凍食品を使うという手があるにはあるが、それだと折角一年近くかけて培ってきた父の信頼を失う恐れがあった。
 しかし背に腹は変えられない。諦めた私はその冷凍食品を手にとり……
「ん?」
 偶然にもその下に敷かれていた母のメモを見つけることとなった。

 *

 私は料理を食べる父の姿を、黙って見つめていた。料理を食べた父が怒り出したらすぐにでも謝れるように心構えながら……
 食事を終えた父は、私の方をじっと見つめると、
「お前にも、母さんの味がだせるようになったんだな」
 と言って、そのまま自室に引っ込んでしまった。しかし私は見逃さなかった。立ち去る父の頬に一筋光る涙を。それは、母の葬式ですら涙を見せなかった父が、初めて私に見せた涙だった。
 だからこそ私は、母の秘密を決して父にだけは打ち明かすまいと心に決めた。
 だが……恥を忍んで料理教室に通い続けた私の立場は一体どうなるんだ?

(母のメモ)
 料理の極意:
 料理を作る時間が無い時は、コンビニで惣菜を買って、適当に皿に盛り付けましょう。
 大丈夫、毎日やってるから、父さんには絶対にばれません。
twnovel版『母の味』

https://twitter.com/aioushii/status/6425698755
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