「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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死体(それ)はタイムマシンに乗って 解決編その4
 *

 約束どおり事件を解決して、一晩過ぎた。あの地名刑事たちは複雑な表情をして俺に礼を言いに来てくれたが、それ以外の余計な詮索をしない心遣いは素直に嬉しかった(片方が何か言う前に、もう片方が無理やり連れて行った、というほうが適切だろうが)。
 そして今、俺は縁側に座りこんで何をしているのかというと――
「お待たせしました」
 声の方を振り向き、待ち人が来たことを確認する。それはやはり俺と話がしたいと言っていた奥野美和さんだった。

「これからお話しすることは、ある一つの前提が必要なんです。その前提が正しくても間違っていても、それについては何も言わずに、最後までお話を聞いていただきたいんです。まずはそれを、お願いしてよろしいですか?」
 俺は黙って頷く。
「ありがとうございます。では、これからのお話は、稔さんが燈子ちゃんを殺したのは、燈子ちゃんが十年前に起こした轢き逃げ事件のせいだ、という前提で進めさせていただきます」
 驚愕が顔に出そうになるのを必死に抑える。奥野さんは、轢き逃げのことを知っていたのか。

 彼女、根は悪い子じゃないんです。ただ、有り体な言い方をすれば、親の敷いたレールの上を走ることを心底毛嫌いしていて……あの頃が特にひどかった……そしてそれが、あんな事故を招いてしまった……
 もちろん彼女に責任がないなんて言うつもりは毛頭ありません。人を一人轢いてしまったばかりでなく、そこから逃げ出してしまった彼女には間違いなく責任があります。ただ、その後のことに関してだけは、彼女を責めないでほしいんです。彼女は自首しようとしていた、けれど彼女の父親はそれを許さなかった。だから彼は、恵子ちゃんを利用したんです。
 ご存知かどうかは分かりませんが、恵子ちゃんは自動車の修理工場で働いているんです。――もうお分かりでしょう? 彼は恵子ちゃんを共犯者にしたんです。今からは想像がつかないでしょうけれど、あの二人は本当に仲が良かった――思えば二人の仲が悪くなったのはあの頃からだったと思います。お互いがお互いのために良かれと思ってやったことが、決して相手を喜ばせていないことが辛かったんでしょうね。
 結局轢き逃げ事件は、燈子ちゃんの父親が様々な圧力をかけたこともあって、有耶無耶になってしまいました。結果として燈子ちゃんは、自首する機会を奪われてしまったんです。そしてそのまま数年が何事もなく経過しました。変化が現れたのは今年です。
 燈子ちゃん、赤いスポーツカーに乗っていたでしょう? あれ、しばらくの間ずっと乗っていなかったんですよ。燈子ちゃんにとっても良い思い出じゃないから、当然なんでしょうけれど。それでどうしてまたそれに乗るようになったのか、聞いてみたんです。そしたら彼女、『臆病者の私を見つけてもらいたいから』って、そういっていたんです。そのときはよく意味が分からなかったんですけれど、今なら――

 彼女の言いたいことは痛いほどによく分かった。今なら、そう、今なら分かる。こんな事件が起きてしまった本当の意味を。
 この事件は、稔にとっての断罪であり、諏訪さんにとっての贖罪だ。
諏訪さんが稔のもとを訪れたのは決して偶然じゃなかったし、彼女の依頼の本当の目的は七年前の事故の真相を探ることでもなかった。ただ稔に自分を断罪してほしかった。
 自首する勇気は無いけれど、でも誰にも咎められることのない生き方を続ける度胸も無かった彼女なりの贖罪――進む勇気も退く勇気もなかった臆病者が実行した、最後の贖罪。
 なればこそ、稔は綱渡りを渡りきった。彼女が自分が殺されることまで覚悟していたかどうかは分からないし、彼女が稔の計画を把握していたかどうかまでは分からない。
 だがおそらく、そんなことは些細なこと――加害者と被害者が同じ目的のために行動していれば、それが全てうまくいくのは必然――

「だからもし、私がそのことを稔さんに教えて差し上げていればもしかしたら――」
「そんなことはないですよ」
「え?」
「諏訪さんはもっと別の動機で稔に殺されたんです。あなたの発言で、彼女の生死が変わったということはありませんよ」
 それは彼女にとっては心の荷を少しだけ軽くしてあげるような嘘で、それでいて俺の心の荷を何倍にも重くしてしまうような嘘。
 これが偽善だというのならそれでもいい。それなら俺は、偽善を貫く。いつの日か、事件が起きる前に事件を解決できるような、本当の意味での名探偵になるその日まで。
「……前提が正しいか間違っているかは、言わないって約束でしたよね」
「ああ、そういえばそうでしたね。でもここで何も言わなければ、あなたは余計な荷物を心に抱えることになってしまう」
 そんなのは俺だけで十分だ。
 彼女は納得してくれたのか、くれていないのか、ため息を一つついてから言った。
「分かりました、そういうことにしておきます。二人にも、そう教えてあげることにします」
「そうしてもらえると助かります」
こうなればもう俺が言うべきことは何もない。ただ彼女が彼女なりに納得してくれることを願うばかりだ。
 ……って、待てよ。そういえば俺にはまだ、彼女に言うべきことがあったんだ、何せ俺はまだ彼女に謝っていないんだから……
「……こんなこと、ついでに言うべきじゃないんでしょうけれど……」
「はい?」
 奥野さんが首をかしげる。
「ご主人のこと、見つけてさしあげられなくてすみません!」
 俺は深々と頭を下げた。クスリと笑い声がこぼれてきたので顔を上げると、奥野さんは微笑を浮かべていた。
「そんなことでしたか、別にいいんですよ。あの人はあなたたちに簡単に見つかってしまうような人じゃないんだから。今までどおり私はあの人を待ち続けるだけです」
「でも、それじゃあ……」
「ああ……でしたら、最後に一つだけお聞きしてよろしいかしら」
「はあ、構いませんが」
 奥野さんに改めて相対する。
「それじゃあ、あなたの名前を教えていただけませんか。結局あなたのこと、助手さんとしか呼んでいませんでしたから」
 確かに考えてみれば、一昨日も昨日も名前で呼ばれる機会は基本的になかった。
「俺の名前は――」
 素直に教えようとして――だが、ある妙案が浮かんでやめる。
「名前は、いつか俺が本当の名探偵になったときに、新聞ででも確認してください。それほど待たせるつもりはありませんから」


        死体はタイムマシンに乗って 了
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