「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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勇気
 目が眩むような高さ。吹き付ける風。
 しかし、今俺の視界に入るのは、恋人の恵子だけである。
 彼女は一歩踏み出せば、いつでも飛び降りることが出来る場所に立っている。他人がなんと言おうと、俺にとってそこは……そう、絶望の淵……
「恵子、考え直そう! こんなことしたって、何にもならないよ!」
 我ながら情けないが、今の俺が恐怖に打ち勝って動かすことが出来るのは、口だけである。
「何言ってるの! 貴方だっていつも、1度言ったことを覆すなんて最低だって言ってるじゃない!」
 そう、彼女はいつだってそうだ。相手の発言を過去の発言と照らし合わせて的確に、かつ論理的に矛盾点を指摘する。言ってしまえば揚げ足を取るわけだが、そのために俺はまだ一度も彼女に口げんかで勝った覚えがない。
 だけどくじけちゃいけない。
「恵子、よ~く考えよう! こんなところから飛び降りたら……」
 といって、おそるおそる下を覗き込む。くらっとするような高さ。吸い込まれてしまいそうな高さ。重力と言う名の魔法が支配する高さ……
「どうなるのかわかっているだろう!」
「それはこっちのセリフよ!」
 彼女は深いため息をついた。
 どうする……このままでは、俺は彼女を失いかねない……

 俺が彼女の姿に一目惚れしたのは、とある映画鑑賞会のときだった。
 そこで上映されたのは俺が一番好きな映画、チャップリンの「殺人狂時代」だったのだが、俺はその映画を見ることができなかった。俺の目は、映画の間中ずっと彼女――今まで見てきた女性の中で一番美しい女性――恵子に注がれていたからだ。
 俺は勇気を振り絞って彼女を食事に誘った。
 彼女は快く承諾してくれた。
 俺が彼女に告白をしたのは、それから3ヶ月ほどたってからのことである。
 俺は彼女を絶対に手放さない、そのとき俺はそう心に決めた。

 あのとき俺は、彼女と俺をめぐり合わせてくれた、恋の女神かキューピットかは分からない誰かに心から感謝した。
 だけど多分、そうじゃないんだ。俺と彼女がめぐり合うことが出来たのは確かに偶然かもしれない。でも俺が彼女を恋人に出来たのは、俺が勇気を出したからだ。
 そう、たとえきっかけは偶然でも、そのきっかけを生かすか殺すかは、自分が勇気をだすか否かにかかっているんだ。
 さあ勇気を出せ。勇気を出すんだ、俺! ここから一歩踏み出す勇気を……
「わかったよ、恵子! そっちに行くから!」
 俺はゆっくりと、その数歩分しかない距離を、しっかりと足元を見ながら歩きはじめた。
 ゆっくりゆっくり・・・そして、あと一歩で恵子に手が届く……それくらいの距離まできた。だが……それ以上はいけなかった。足が震えて、それ以上前に進むことが出来ない。畜生、一歩踏み出す勇気はどうなったんだ?
 俺は思わず彼女の顔を見上げた。
 彼女は寂しそうに微笑むと、何か呟いた。俺にはその口の形が
「もういいよ……」
 そう言っているように見えた。
 次の瞬間……あっ……という間もなく彼女は……飛び降りた……
 今頃になって恐怖を忘れて下を覗き込む。空中に投げ出された彼女の体はどんどん小さくなっていき……そして……
 パラシュートが彼女の体を隠した。

「で、君はどうするの」
 後ろでインストラクターがめんどくさそうな顔をしながら尋ねる。
「えっと……このまま飛行機に残ります……」
 風の音にかき消されて、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。
 おそらく聞こえてはいなかっただろうが、口の動きから判断したらしく、軽くうなずいて飛行機は降下を始めた。
近づく地面を見て、耳を保護するためにつけていた耳栓をはずしながら(これのせいでずっと大声で怒鳴っていなくてはいけなかった)考える。今頃下で、先に飛び降りた仲間たちは、俺のことを散々ののしり、蔑み、そしっているに違いない。間違いない。そうに決まっている。
 今の俺に出来ることは、恵子が俺のことを見放さないよう祈るだけだ。
 こんなことなら、見栄をはって、スカイダイビングをするなんて言わなきゃよかった……
 そう、恵子にスカイダイビングをしようと誘われたとき、俺に見栄を張らない勇気があれば……
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