「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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悪魔に会うために 第2章 Order us around
 第二章 Order us around

 着替えを終えて階段を駆け下りる。短い廊下を曲がり、玄関へ向かうと、二人の視線がこちらに突き刺さってきた。
 一つは春奈のきつい視線で、もう一つは薗部佳歩のいたたまれなさげな視線だった。
「待たせたな、じゃあさっさと行こうか」
「ちょっと待ってよ、光一。まずはあたしにも分かるように説明してもらってもいいと思うんだけど」
 いらだたしげに春奈が尋ねる。普段なら人前では俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶだけの分別があるのだが、今はそれもない。
「それができれば俺も苦労しないさ。ま、俺が分かる範囲なら歩きながらでも話すし、わからない分についてはこいつから聞くしかない」
 言いながら、あごで薗部佳歩を示す。
「大体そもそも、この人は一体誰なのよ! それくらい教えてくれたっていいでしょう?」
 左手で薗部佳歩を指しながら、噛みつかんばかりの勢いで春奈が尋ねる。
 あまり期待はしていなかったが、春奈は春奈で、薗部佳歩のことを知ってはいても現時点で覚えているわけではないらしい。念のために確認しておく。
「やっぱりお前は、こいつのこと知らないのか?」
 言われて春奈はきょとんとした表情になる。
「あたしがこの人を? 多少は鶴畑に知り合いがいるけれど、この人は初めて見る顔だよ」
 返答は予想通りのものだった。やはりここでグズグズしているのは勿体無い。
「そうか、ならやっぱりさっさとほのかの家に行くことにするか」
「ちょっと、どうしてそういうことになるの? まずは説明してもらわないと……」
 さて、どうしたものか。俺の場合は彼女のことを知らない母さんのリアクションで彼女が幽霊のような存在であると信じることができたが、今、母さんは家にはいない。どうすれば春奈にそれを信じさせることができるだろうか。
 そんなことを考えつつ、春奈の文句を背中で聞き流しながら、下駄箱から靴を出すときに気づく。
「そういえばお前、靴はあるのか?」
 薗部佳歩の方を振り返りながら聞く。
「言われてみれば……ありませんね」
 言うまでもなく彼女は、靴下は履いていても靴を履いてはいなかった。玄関にそれらしい靴も見当たらない。考えてみればどうやって彼女が俺の部屋に入ったかはまだ聞いていないが、少なくとも玄関から堂々と、というわけではないらしい。
「そうか……なら春奈、どれでもいいからこいつに靴を貸してやってくれないか?」
 春奈の表情がさらに険しくなる。
「靴を貸すって……まあ別にいいけどさ、どうしてこの人は靴を持ってないわけ? まさか靴下のままで家まで来たわけじゃないでしょう?」
 確かにその通りなのだが、どうしてと聞かれても説明できないものはできない。どうしたものかと考えていると、
「あのー、お気遣いは嬉しいんですけれど、靴は結構です。どうせ私には、靴を履くことなんてできないんですから」
 薗部佳歩の自嘲気味な呟きが、会話に割り込んできた。それは一体どういう意味だと聞こうとして、目の前の光景に釘付けになる。
 彼女の左手の手首から先。あるべきそれが、そこになかった。いや、正確には下駄箱と一体化していて見ることができない、と言うべきだろうか。
 彼女の左手は、まさしく幽霊のように下駄箱をすりぬけていたのだ。
「私はこの世界に物理的に干渉することはできません。ですから靴を貸していただいても、残念ながら、私にはそれを履くことはできないんです」
 サービス精神が旺盛とでも言えばいいのだろうか、彼女は自分の手を下駄箱にすり抜けさせて、また戻して、という作業を繰り返しして見せてくれた。
 さっきこいつは、自分のことを幽霊のような存在だといっていたが、それに対する客観的な――とはいえ必ずしも誰もが知覚できるわけじゃないから、正確には主観的と言うべきなのかもしれない――証拠が一つ増えたわけだ。
 釘付けになっていた視線を無理やり外して春奈の方に視線を向けると、春奈の表情は今までに見たことないほどに蒼白になっていた。俺とは違って前情報がなかった分、衝撃も大きかったのだろう。
「な、なんなのよ……これ……一体どういうこと?」
「俺が聞きたいくらいだよ、だからすぐにほのかの家に行こう」
 考えてみると、だからの前後に全く相関関係は見られないのだが、それほど衝撃が大きかったということだろう。春奈は素直にコクリと頷いてくれた。
 結局、薗部佳歩を靴下のままで外に出して、施錠をしてからほのかの家へと向かう。
 徒歩で一分も必要としないそこへ向かう最中に、一つだけ彼女に確認しておくことにした。
「ほのかの家に着く前に確認しておきたいんだが、さっきの質問の答え、まだ聞いていなかったよな」
「さっきの質問、ですか?」
「そう、『ルール』ってのが一体何なのかって話だよ」
「ああ、そのことでしたか。平たく言ってしまえば、私が蘇るための『ルール』と言ったところでしょうか」
 ……こいつの言うことに、一々驚いていたら身が持たないのではないだろうか。
「……今、蘇るって言ったか?」
「はい、あ、そういえばさっきはそれを言いかけて終わったんでしたね」
 忘れていました、とぼやいてから、彼女は告げた。

「悪魔に私の大切な人の名前を言わせることができれば、私は蘇ることができるんです。だから私は、悪魔に会ってその人の名前を言わせるためにここにやってきたんです」

 大きなため息を一つ、つく。
 ――道すがらに話を聞こうとしたのが馬鹿だった。さっきまではこいつの話を全面的に信じようが信じなかろうが、俺に損得は一切なかった。
 しかし今、俺は、彼女の話を信じるならばとても大きなものがかかっていることを知ってしまった。もしこれで俺が何もしないで、彼女の存在が消滅することになったら、俺にはもれなく罪悪感がついてくる。
 急に話が重くなっちまった、と思う。幸か不幸か、既にほのかの家の目の前だ。
「やっぱり話の続きは、後でゆっくり頼む」
 そう告げてから俺は、気持ちの整理を後回しにして玄関のチャイムを鳴らした。

 チャイムを鳴らしてすぐに、ほのかが玄関を開けてくれた。
「どうしたの、いきなり? わざわざ家に来るなんて……」
 改めてほのかの顔を見て思うのは、やっぱりどことなく薗部佳歩はほのかに似ている、ということだった。具体的にどこが、とはまだ言えないが、あえて言うならば雰囲気が似ている。
 薗部佳歩が着ているのは鶴畑高校の制服。ほのかが着ているのは、比較的ラフな私服。だが二人が身にまとう雰囲気は、なぜかどことなく近いものを感じる。
 薗部佳歩はほのかと『親戚ではないが、無関係でもない』と言っていた、後でその点について改めて聞いてみたほうがいいかもしれない。
 さて、俺がそんなことを考えている間に、ほのかは視線を薗部佳歩へと向けていた。
「ああ、その子がさっき電話で言ってたあと一人?」
 まずは第一段階クリアと言ったところだろうか。少なくともほのかは、彼女のことを知っているようだ。
「そう、まあちょっといろいろと確認したいことがあって。ちなみにほのかは、こいつのこと知ってるか?」
「私? さあ……見覚えはないけれど……どこかで会ったことあった?」
 とはいえ、やはり俺たち同様、彼女のことを知ってはいても覚えてはいないらしい。
「そうか……それならいいよ。とりあえず上がっていいか?」
「ま、とりあえずリビングでよかったら大丈夫だけど……」
「リビングね、了解」
 リビングと言われれば、そこは勝手知ったる他人の家。靴を脱ぐとさっさと俺は廊下を直進する。
 一瞬、薗部佳歩が靴を履いていないことをつっこまれたらどうしようかと思ったが、幸いにもほのかはすぐに俺のあとに続いたので、そこには気づかなかったようだった。
 どこから説明したものだろうか、と考えつつリビングに入ると、カウンターの向こうで洗い物をしているほのかのお母さんがいた。
「あ、どうも、お邪魔します」
「あら光ちゃん、家に来るのは久しぶりね」
「あれ、そうでしたっけ?」
「そうよ、たまにはおばちゃんにも顔を見せてくれないと。光ちゃんが東京に行っちゃったら、なかなか会えなくなるだろうし、そしたらほのかも……」
「も~お母さん、そんな世間話をしてる暇があったら、ジュースくらい出してよ」
 すぐ後ろにいたほのかが、堪らず、と言った感じに話を遮る。
「はいはい、そうね」
 それに答えて、苦笑ながらもほのかのお母さんはコップを出し始めた。
 そんな様子を横目で見つつ、テーブル前の椅子に腰掛ける。ほのかは俺の向かい、春奈と薗部佳歩は俺の両隣に座った。
 ちなみに薗部佳歩に関しては、座ったとはいっても、正確にはひいてあった椅子に合わせて浮かんでいるだけなのだが、見た目は明らかに座っているので、便宜上座った、と記しておく。
「で、光一。わざわざ家に来るほどの用件ってのは一体何?」
 ほのかが口火を切る。
「そうだな、どこから話したものか、俺自身よく分かっていないわけだけど……とりあえずちょっと話が長くなりそうなのは間違いないから、先にそっちの用事からどうぞ」
 さっきは慌てていて聞けなかった、ほのかの用件を先に聞いておくことにする。
「私の用事? 私はただ、光一がいつ東京に行くのか、具体的に聞きたかっただけだけど」
 なるほど、確かにそれならわざわざ俺が出向くほどの用事ではない。
「それなら四月一日の昼だよ。前に言わなかったっけ?」
「そう、じゃあやっぱり明々後日しかないわけだ……」
 残念そうにほのかが呟く。
「明々後日って、何かあったか?」
「うん、まあ、あるといえばあるんだけど、心当たりがないなら当日のお楽しみってことで。ただ、天気予報だと雨だから、それがちょっと心配かな」
 そんなことを呟きつつ、外していた視線を再びこちらに向ける。
「で、結局のところ用事ってのは一体何? その子に関係があること?」
 と言って、今度は視線を薗部佳歩へと向ける。
 関係あるのは間違いないが、最初から正直に彼女について話したところで、簡単には信じてもらえないだろう。どんな手段が一番手っ取り早い手段だろうかと躊躇しているうちに、目の前にオレンジジュースが注がれたコップが置かれた。
 もちろんほのかのお母さんがしてくれたことである。そしてこれが結果的に、事態を進展させる。
 何のことはない、コップが三つしか出されなかったのである。
「あれ、お母さん、コップが足りてないよ」
 ほのかが当たり前のように尋ねる。
「何を言ってるの、ちゃんと三つあるじゃない、いくらなんでも二つと三つを間違えるほどボケてはいないわよ」
 ほのかのお母さんも笑いながら、当たり前のように答える。
 我ながら、随分単純な見落としをしてしまったらしい。ほのかのお母さんには、薗部佳歩のことが見えていない。薗部佳歩が、ほのかと親戚ではないというのは、あながち嘘でもないようだ。あくまで、彼女が言う彼女を見るための条件が本当ならば、だけれども。
 兎にも角にも、ここであまりゴチャゴチャ言っていても仕方がない。あまり事態をややこしくしたくもなかったので、キョトンとした表情のほのかの足を軽く踏む。
 驚いてこっちを見たほのかにアイコンタクトを送る。後で説明するから、ここはごまかせ、と。こういう時、表情に考えていることがすぐに出るのは役に立つ。
「あ、ごめんごめん、私の数え間違いだったみたい。ちゃんと揃ってるね」
「そうでしょう? まったく、あんたも四月から大学生なんだから、いつまでもそんなに抜けてちゃダメよ」
 などと言ってから、
「じゃ、お母さんは洗濯物を片付けてくるから、後はごゆっくり」
 と告げて、ほのかのお母さんはリビングを出ていった。
 リビングの扉が閉まるのを確認してから、すぐさまほのかが尋ねる。
「何、今のは一体どういうこと?」
「ほのかのお母さんには、こいつのことが見えてなかったってことだよ」
 右隣の薗部佳歩をあごで示しつつ、返答する。
「見えてなかった? それって一体……それにそもそも、この子は一体誰なのよ?」
 少しずつほのかが混乱の兆しを見せ始めている。が、今なら俺の話も信じてくれる可能性が高い。
「こいつの名前は薗部佳歩、分かりやすく言えば……」
 今度は視線を薗部佳歩に向ける。アイコンタクトの内容は、さっきのをもう一遍やってくれ。俺の言わんとしたところを理解してくれたらしく、彼女はコクリとうなずくと、今度はテーブルに自分の手を上げ下げして、通過させる。
 ほのかから、そして改めて春奈からも「ヒィ!」と引きつるような悲鳴が上がる。
「幽霊だそうだ」

 とりあえず、薗部佳歩の特異性について信じさせるのには成功したといって間違いないだろう。代わりに非常に痛い沈黙が、場を支配することになってしまったわけだが。
 仕方がないので、黙ったままの二人に対し、先ほどからの出来事を伝える。
 ――目が覚めたら部屋に薗部佳歩がいたこと
 ――母さんには彼女の姿が見えなかったこと
 ――彼女の姿が見えるのは彼女のことを知っている人だけだということ
 ――彼女は既に死んでいるらしいということ
 ――彼女は自分を殺した悪魔のような奴に会うためにここへ来たこと

 ――そして、悪魔に彼女の大切な人物の名前を言わせることができれば彼女は蘇ること

 かいつまんでそれらのことを伝える。
 話し終えてから暫くの間、二人は黙ったままだった。やはり信じてもらえなかったのだろうか、と俺が不安に思い始めたそのとき、ほのかは問うた。
「それで、光一はどうしたいの?」
「え?」
 考えてもいなかった質問を受け、返答に窮す。
「わざわざ私の家に来て、どこからどこまで信じればいいか分からないファンタジーを聞かせて、それで自分はどうするつもりなの? 私にどうしてほしいの?」
「それを考えるためにここに来たというか、なんというか……」
 予想だにしないきつい言葉に、回答がしどろもどろになる。だが――
「それならもう私に話を聞かせてる間に、考えは決まったんじゃないの?」
 そう、ほのかの言うとおりだ。そしてそれにあわせたかのように、ほのかはテーブルを乗り出して、問う。
「光一の考えを聞かせて」
 俺は自信を持って、いつの間にか決まっていた答えを出す。
「とりあえずこいつの話を信じられなくなるまでは信じてみる、そしてこいつが蘇る助けをしてやりたいと思う」
 多分常識的に考えれば、そんな馬鹿な話あるわけないと一蹴して、何もしないのが正しい選択だろう。けれども俺は、人の話をすぐに鵜呑みにしてしまうたちで、毎年エイプリルフールには騙されるようなやつだから、今のところ彼女の話を疑うことができずにいる。だからこそ、彼女が蘇る手助けをしてほしいというのなら、それを無視することなんて到底できそうにないことだった。
 そしてそんな俺の言葉を聞いて、ほのかが微笑んだ。
「その言葉が聞きたかったのよ」
 そう言って席に着くと、満足気にうなずき、尋ねる。
「で、私は何をすればいいの?」
「手伝ってくれるのか?」
「やるって決めたんでしょう。悪魔を探すなんて、高校時代最後の思い出には結構刺激的だしね。私にできることならやってやろうじゃない。それに……」
 言いつつ、視線を薗部佳歩へ向ける。
「なんでかな……私自身、なんだかこの子のことを助けてあげなきゃいけない、そんな気がするから」
 そう言って微笑むほのかの顔を見て気づく。薗部佳歩とほのかの似ているところ。それは強い意志を感じさせる瞳だった。薗部佳歩を見たときには一番目についた瞳が、ほのかだとすぐには気づけなかった。慣れのせいだろうかと思いつつ、今度は春奈に視線を向ける。
「お前は、手伝ってくれるか?」
 軽くため息をつくと、春奈も頷く。
「ほのかさんが手伝うって言うのに、妹のあたしが手伝わないわけにも行かないでしょ、ね、お兄ちゃん」
 生意気に、不敵に、そう答える。
「お二人ともありがとうございます、それに光一さんも、私なんかのためにこんなに頑張ってくださって……」
 そんな俺たちの様子を見て、薗部佳歩が涙ぐみながら頭を下げる。
「何を言ってるんだ、俺はまだ何もやってないさ、ただほのかに助けを求めただけで――」
「そうそう光一、手伝うに当たって一つ確認しておきたいんだけれど」
 俺の言葉を遮りつつ、ほのかが尋ねる。
「なんだ?」
「さっきも聞いたけれど、私は具体的に何をすればいいの?」
「え?」
「だってさっきまでの話を聞いた限りでは、私はタイミングよく電話をかけたばっかりに巻き込まれただけのように思えるんだけど……」
「うっ」
 図星なだけに言葉に詰まる。確かにそれは否定できない。あのときあの電話がなければ、まだ俺は自分の部屋でウダウダしていたに違いない。
 俺の心の機微を顔で悟ったらしいほのかは、深いため息を一つつくと不意に立ち上がった。
「お、おい、一体どこに」
「電話をかけるのよ、どうせだったらもっと巻き込んでやろうじゃない。私に光一、それに春奈ちゃんに見えたってことは、多分あとの三人にも見えるでしょう」
「確かに……そうかもしれないな」
 三人とはいうまでもない、昨日一緒にカラオケに行った下川政史、藤崎卓弥、太田直之の三人――小学校からの腐れ縁の三人だ。
「直之以外は今日暇なはずだから、電話すればすぐに来てくれるでしょう」
「直之は何か用事があるのか?」
「なんでもお祖父ちゃんの家に行ってるそうよ、明後日には帰ってくるって言ってたけれど」
 ふ~んと呟きつつ気づく。あいつは今朝まで、一緒にカラオケにいた。
つまり直之は、カラオケで徹夜した後、祖父の家へと向かったわけだ。
「相変わらず、タフな奴だなあ……」
 電話をかけるほのかの後姿を眺めつつぼやく。するとタイミングよくほのかが振り向いた。
「何か言った?」
「いやいや、こっちの話」
 俺のぼやきを耳ざとく聞きつけたほのかの質問を軽く受け流す。
「そう? じゃあ、二人が来るまでにまだ時間はあるし、もうちょっとこの子の話を聞いてみましょうか」
「というと?」
「さっきの光一の説明じゃ、まだ全然何をすればいいかわからないってこと」
 あっさり返される。俺が軽く凹んでいるうちに、電話を終えたほのかが再び着席する。
「二人ともすぐに来るみたいよ。ま、光一ほどにすぐってわけじゃないだろうけれど」
 さすがに政史と卓弥の家は、数軒隣とかいったレベルの距離にはないので、言葉通りすぐに家を出たとしても、十分程度は必要になるだろう。
「それじゃあ佳歩さん、だったわよね。二人が来る前に、いくつか聞いておいていいかしら?」
 質問を受けて、薗部佳歩はコクリと小さく頷く。
「それじゃあ、最初に一番大事な質問。あなたはもちろん、自分が探している悪魔が誰なのか、当然知っているのよね」
「はい、それはまあ一応」
「じゃあ単刀直入に聞くわよ、その悪魔って誰?」
 そういえば、そんな大事なことを俺は聞いていなかった。まあ色々とあって聞きそびれた側面が多分にあるだろうが。
「残念ながらお答えすることはできません」
 心底悲しそうに、薗部佳歩が首を横に振る。
 意外な返答だった。つまり俺たちは、誰だか分からない悪魔を探し当てなくてはならないというのだろうか。だがそう思ったのは、俺だけだったようだ。
「ま、そう簡単には行かないでしょうね……」
「そうね、これが一つのチェックポイントってところかしら」
 春奈の呟きに、ほのかが応じる。どうやら二人の間では、既になんらかの共通認識が組みあがっているらしい。
 いつの間にか主導権を二人に奪われているなと思いつつ――まあいつものことなのだが――尋ねてみる。
「なあ、どうして悪魔が誰なのか聞けないのが当然、みたいなリアクションなんだ。それじゃあ俺たちが、一体どうやってその悪魔ってのを探せばいいか分からないじゃないか」
 俺の疑問を聞いて、二人が同時に呆れた顔をする。
「当たり前でしょう、お兄ちゃん、そんなに簡単に蘇ることができるわけないんだから。自分で『ルール』のことについて触れといて、それはないんじゃない?」
 俺がそれを聞いてさらに首を傾げると、やれやれといった面持ちで、ほのかが引き継ぐ。
「いい? 誰が決めたかは知らないけれど、彼女は何らかの『ルール』に縛られている。言い方が悪いかもしれないけれど、言ってみればこれは誰かが作ったゲームなわけよ」
 ゲームか……なるほど、言い得て妙かもしれない。確かに彼女の数々のセリフや、『ルール』という言葉はそれを連想させる。
 俺が納得したのを確認して、次は春奈が告げる。
「この場合は、最終目的は悪魔に佳歩さんの大切な人の名前を言わせることなわけで、当然そこまでの間にいくつもの障害があるはず。そして悪魔の正体を教えてもらえないことは、その障害のうちの一つって言えるでしょうね」
 なるほど……でもそれって、気づくのが普通なんだろうか、比較対象がいないからいまいち分からない……
「さてと、でもまあこんな風に一々『ルール』に引っかかるかどうか確認するのも面倒ね……先にその『ルール』とやらを教えてもらうことはできる?」
「はい、もちろんです!」
 ほのかの質問に対し、嬉しそうに薗部佳歩が頷く。
「そうですね、まずは大前提として、私は嘘をつけません」
「嘘をつけない? つかない、ってわけではなくて」
 俺が素っ頓狂な声をあげると、彼女は少しだけ寂しそうに笑って頷いた。
「はい、いわゆるプロテクトのようなものがかかっていると考えてもらえれば分かりやすいでしょうか。とは言ってもこの『ルール』は、信じていただけないことには始まらないってことを伝える役割を持った『ルール』と考えてもらって構いません」
 確かに、彼女の現実離れした話のどこか一つでも疑ってしまえば、きっと彼女の話、何もかもが信じられなくなってしまうだろう。気休め程度とはいえ、これは俺たちのためにつけられた『ルール』と考えていいだろう。
「次に、悪魔の正体、及び私の大切な人に直接言及するような質問には、答えることができません」
「あっちゃ~、そっちも伏せられちゃうのか」
 春奈がぼやく。確かに悪魔の正体だけでなく、悪魔に言わせねばならない名前まで伏せられるのはきつい条件だ。
「あと薄々お気づきだとは思いますけれど、私自身の情報についても、他の誰かとの関係性について尋ねる質問でしたら、お答えすることができません」
「それはつまり……」
「それはつまり、あなたのことについては、自分たちで思い出せってことなわけね」
 俺が言おうとしたことを、ほのかが言ってしまった。軽い敗北感。
「そういうことになります、あと、これは先ほども説明しましたけれど、私のことが見えるのは私のことを知っている人だけです」
 確かにこれも『ルール』と言えるだろう。
「他にも細かい『ルール』がないこともないですが、基本的に今まで説明した『ルール』の延長にありますから、説明は省きますね。そして最後の『ルール』です」
 いよいよ最後の『ルール』か。

「私に与えられた時間は、出現してから七十七時間。つまり三月三十一日の正午になったら、私はこの世界から完全に消滅して、二度と蘇ることができなくなります」

 一瞬、頭が真っ白になる。
 確かにこれがゲームだと言うのなら、制限時間はあってしかるべきかもしれない。その制限時間が七十七時間という中途半端な時間なのは気になるが、一日が二十四時間だから、七十七時間は三日と少しということになる。
 これが長いと感じるか、短いと感じるかは人それぞれだろうが、少なくとも俺には短いように思えた。俺たちはまだ、薗部佳歩のこともよく分かっていない。おまけに悪魔が誰なのか、それに薗部佳歩の大切な人の名前は何なのか、と分からないことだらけである。
 はたしてどこから手をつけたものかと考えていると、チャイムの音が聞こえてきた。
「どちらかが来たみたいね」
 言うなり席を立ち、ほのかが玄関に向かう。
 間もなく、二人分の「おじゃまします」が聞こえてくる。おや、と思うと、案の定ほのかの後ろにいたのは、政史と卓弥の二人ともだった。
 卓弥は同年代の中でも背が高く、逆に政史は背が低い。この二人が揃うと、政史がボケを担当し、卓弥がツッコミを担当する凸凹コンビのでき上がりだ。世の中うまくできている。
「家の前でたまたま会ったんだって。これで説明の手間が半分になったわね」
「説明って?」
 ほのかの言葉を聞いて、キョトンとした表情で政史が尋ねる。
「そこの鶴畑の女子に関することじゃないか」
 卓弥のツッコミにより、卓弥が薗部佳歩について知っていることが当確する。さて、政史の方はどうだろう。
「鶴畑の女子? ああ、確かに見ない顔やね」
 政史の方も問題なし。この分だと今この場にいない直之も、おそらく彼女のことが見えるに違いない。
「よし、じゃあ二人に今からすごいものを見せてやるから、それを見てから俺の説明を聞いてくれ」
 そう言ってから、薗部佳歩に目配せをする。彼女はコクリと頷くと、先ほどと同じように自らの手を上げ下げして、テーブルに通過させる。
「えっ!」
「むっ?」
 二者二様の驚き方をしてみせる二人。純粋に驚いているのが政史で、疑い半分の驚きになっているのが卓弥だ。
 政史はその場で硬直したままだったが、卓弥は前に進んで彼女の手元をじっと眺め始めた。そしてどんどん顔が蒼白になっていく。
「こ、これは一体……」
「見ての通りさ。彼女は幽霊なんだよ」
「な、何をそんな馬鹿な」
 そうは言うものの、卓弥の言葉には、いつものような覇気が感じられない。
「ゆ、ゆゆゆ、ゆうれい?」
 政史にいたっては完全に取り乱している。
「まあ二人とも落ち着けよ。お前たちには、彼女が蘇るための手助けをしてもらいたいと思っているんだから」

「……というわけだ」
 流石に二回目ともなれば、説明の要領も少しはよくなる。先ほどに比べてスムーズに説明を終えることができた。
「なんだ、ようはその悪魔のようなやつに名前を言わせればそこの女の子は蘇るってわけね。おいらはてっきり、祭壇に捧げるイケニエをつれて来いとでも言われるのかと……」
「バカ、そんなことやれって言われたって、光一たちが俺たちに助けを求めるわけがない」
「わ、分かってるよ、ちょっとしたボケだってば~」
 政史のボケに、卓弥がツッコミを入れる。俺たちにとってはいつも通りのやり取りで、今更笑いが起きることも――いや、一人だけ例外がいたか。
 薗部佳歩だけはクスクスと笑った。
「卓弥ー、おいらたちの漫才に久々に笑ってくれる人が現れたよー」
 政史が感涙と思しき涙を流しながら言った。
「別に俺は漫才をやってるつもりはないんだが……」
 うんざりといった調子で卓弥が呟く。
「す、すみません、つい……」
 薗部佳歩が謝ると、
「いえいえ、俺も慣れてますから」
 と卓弥はいつも通りの返事をする。それにしても本当に随分久々のやり取りだ。
「ま、それはともかくとして、だ。俺は手伝うことについて異論はないぞ。お前や直之と違って、別に東京に行くわけじゃないからそれほど忙しくもないし」
「あ、もちろんおいらもおいらもー」
 断られることなんて考えていなかったが、賛同が得られてやはりホッとする。
「ちなみに政史に同調するわけじゃないが、俺も悪魔に名前を言わせて終わりって条件はどうもあっさり過ぎる気がする。悪魔ってのは彼女を殺した以外はただの人なわけだろう。どうしてそんなやつが名前を告げるだけで、彼女が蘇ることになるんだ?」
 そのゴールも、現時点では決して容易いものではないらしいことが分かっているが、確かに人を一人蘇らせる対価としては安い気がする。
「そこのところはどうなの、佳歩さん?」
 ほのかが尋ねる。
「まあそこは、神様が最初に『ルール』をお作りになられたときは、少し違う条件でしたから。その条件を満たすことができれば、自動的に神様がお作りになった条件も満たすことができるようになっているんです」
 一瞬、皆、言葉に詰まる。
「今、俺の聞き違いでなければ、神様って言ったか?」
 おそらく皆が思った疑問を代表する形で俺がぶつける。
「はい、言いましたけれど、それが何か?」
 さも当然と言わんばかりに彼女は返事した。幽霊、悪魔と来て次は神様か……あと残っているのは天使くらいのものではないだろうか。
「……つまり、君がこんなゲームに挑戦することができるのは神様のおかげと言うことか?」
「あ、それは違います。神様にはそんな力はありませんよ」
 卓弥の質問に、即答である。ホッとしていいのかどうか分からないが、こんな事態を引き起こしているのは神様とやらではないらしい。

「そんな力を持ってるのは、神様の神様です。現に私が今ここにこうしていられるのは、『神様の神様のいたずら』のおかげなんですから」

 改めて薗部佳歩以外の誰もが絶句する。
 神様の神様とは、また予想外の存在が出てきたものだ。
「ちょ、ちょっとタンマ! 神様の神様って何それ、神様に神様がいるってどういうこと? おいらにも分かるように説明してくれない?」
 政史が先陣を切って尋ねる。
「残念ながら、『ルール』違反になってしまうので、お答えすることができません」
 そして返答は容赦ない。
「待って、一旦整理するわよ。つまり今回のゲームの基本的な『ルール』を作ったのは、神様で間違いないわけよね」
 春奈が冷静に割り込む。
「ええ、確かに」
「でも神様には、その『ルール』を実現するだけの力がなかった。だから神様の神様が、その『ルール』を実現した、そういう考え方でいいのかしら?」
「過程を大幅に省略して、結果だけ見ればそう言っても間違いないと思います」
 単語のインパクトが強烈だったせいでピンと来なかったが、順を追って整理してみればなんのことはない。
「つまりこの話は、あんたを蘇らせるのにあまり関係ないわけだ」
「普通に考えればそうでしょうね」
 だったらそう言ってくれればいいのに、と思ったのはきっと俺だけではないことだろう。

「さてと、ちょっと横道に逸れちゃったけれど、そろそろ本題に入るわよ」
 いつの間にかほのかが議長を務め、薗部家のテーブルは、今やもう定員の六名が座る会議場となっていた。
「私たちに与えられている時間は決して長くはないわ。私たちは何をすべきか、まずはそこから考えていきましょう」
 ほのかが呼びかける。
 さて、これでようやっと具体的に何をするのか、その答えが出ることになるはずだ。
「まずやらなきゃいけないのは、目的を確認すること、さっきの言葉を使えば、障害を確認することじゃないか」
「うん、それだそれだ、さすがは卓弥」
 卓弥の指摘に、政史が勝手に横で頷く。
「それもそうよね、ほのかさん、紙とシャーペン貸してください」
 春奈は紙とシャーペンを受け取ると、すぐに何やら紙に書き込み始めた。
「ま、今のところはこれくらいよね」
 そう言って春奈が中央に置いた紙には、次のように書かれていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 調べなくてはならないこと
・誰が悪魔なのか
・佳歩さんの大切な人の名前は何なのか

 そのためにできること

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「そのためにできることが空白になっているけれど、これはどういう意味?」
「仕方がないじゃない、まだ思いつかなかったんだから」
 俺の疑問に、春奈はふて腐れながら答える。
「まあ確かに、どうやって考えればいいか、今のままじゃ見当もつけにくいか」
「佳歩さんのことを調べたらいいんじゃない?」
 俺の言葉を遮ったのは、政史だった。
「だって調べなくてはならないことって、結局のところ、どちらも佳歩さんにつながるってことでしょ。誰も佳歩さんのことは覚えていなかったんだし、そこから始めるのが一番いいと思うけれど」
 いつもなら卓弥が言いそうな冷静な判断を、政史が告げる。
「なんだか違和感があるな~」
「ん、何かおいらの意見に文句でも?」
「いや……別にそういうわけじゃないけれどね」
 でもまあ昔から、ここぞという時に政史が鋭い意見を出すときはあった。抜けてるように見えて、意外としっかりしてるということだろう。
「そうね、確かにそこから始めるのが無難かもしれないわ。じゃあ具体的にどんな方法があるかしら」
 はるかの提案に、一同が押し黙る。そりゃあ人の素性調査の方法をパッと挙げることができたら、それはそれでどうかと思うけれどね。
 そんな中、口火を切ったのは卓弥だった。
「まずは、誰に彼女の姿が見えるか確認するのが先決じゃないか? 今のところ俺たちには見えるが、光一の母親とほのかの母親には見えなかったんだろう? それに誰に彼女の姿が見えるのかを把握しておけば、後々悪魔を探すのにも繋がるはずだ」
 言われてみればそうである。彼女のことを殺したという悪魔が、彼女のことを知らないはずがない。つまり必然的に、彼女の姿を見ることができる人物を探すことは、悪魔を探すための布石にもなるはずだ。
「念のために聞いておくけれど、あなたの姿を見ることができる人を教えてもらうことはできないのよね?」
 春奈が尋ねる。
「残念ながらできませんね、私自身と他者との関係性についての質問になってしまいますから」
 やはりそう易々とはいかないか。
「そうね、じゃあまずは彼女の姿を見ることができる人を探してみることにしましょうか」
 探すって言ったって、一体どうやって……と聞こうと思ったら、やおらほのかが席を立った。皆もそれに続く。どうやら今から何をするか理解していないのは、俺だけらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。探すったってどこでどうやって?」
「どこで……ってのは適当に歩きながら考えればいいんじゃない? どうやってってのは、言うまでもないでしょう、お兄ちゃん」
 春奈が当然のように尋ねる。俺が返答に詰まっていると、
「彼女は物理的に干渉することができない。だから靴を履けないんだろう? それなら彼女を外に連れ出して、怪訝そうな顔をしている人がいれば、それは彼女の姿を見ることができるってことだ」
 卓弥が解説してくれた。なるほど、そんな探し方があったわけか。
「でも実は、その子の姿を見ることができる人を見つけることができても、その人の素性をどうやって調べるのかって問題は残っちゃうけれどねー」
「ま、それについてはその時考えましょう」
 政史の呟きをほのかがフォローする。
「とにかく何をするか分かったでしょ、それじゃあ佳歩さんの姿が見える人探しにレッツゴーよ!」
 高らかにほのかが宣言した。

 しかし結果は予想以上に芳しくなかった。
「まさか、誰一人気づかないなんて……」
 ほのかがため息混じりに呟く。結局あれから数時間歩き回ったものの、誰一人として薗部佳歩のことが見えてるような素振りを見せる者はいなかった。薗部佳歩を通り抜ける人、というなかなかにシュールな光景には何度か遭遇したのだが。
 今、さすがに歩きっぱなしで疲れた俺たちは近くにあった公園で休憩をとることにしたのだ。肉体を持たず、ゆえに疲れを知らない薗部佳歩を除く全員がベンチに腰掛けていた。
「おいらたちにしか見えない……ってことはないと思うんだけどなあ……」
 政史がぼやく、が、こうも見える人がいないとそう思いたくもなる。彼女がかつてこの世に存在したというのなら、そんな馬鹿なことがあるはずはない。現に、俺たちは誰一人として彼女のことを覚えていないのに、彼女のことを知っている。特段、彼女と親しかったわけでなくても、彼女のことを知ることはできる、ということである。通行人の中に、そんな人の一人や二人いたっておかしくないはずだ。それなのに見つからないということは……
「探し方が悪いのかなあ……」
 空しくひとりごちる。
 何の気なしに、彼女の方に目を向けると、彼女はぼんやりと空を眺めていた。彼女の視線の先には夕陽があるくらいで、特に変わったものは見受けられない。
「空に何かあるのか?」
 尋ねるが、返事はない。聞こえていないのだろうか。
「聞こえてるか?」
 今度は少し大きめの声で尋ねる。
「え? あ、はい、何でしょう」
 するとやっと、彼女は返事をしてくれた。
「いや、そんなにじっと、何を見ているのか聞きたかっただけさ」
「ああ……いえ、ただ、夕陽ってこんなに綺麗だったんだなと思って」
 言われて改めて夕陽を眺める。何の変哲もない、ただの夕陽だ。別にこれと言った感銘を受ける程では……
 そこまで考えて唐突に気づく。だからこそ彼女は、この夕陽を美しいというのではないだろうか。
 生きているときには当たり前だった風景。だが同時に、死んでしまえばそれが当たり前でなくなってしまう風景。
 彼女はとりあえずの命で、再びそれを見ることができることになった。そしてそれによって、彼女は気づいたのだろう。いつもと同じで、それでいていつもとは違う夕陽の輝きに――
 そこまで思い至って、改めて強く思う。
 俺はなんとしても、こいつを助けたいと。
 そこで改めてさっきまでの探し方を振り返ってみる。探し方に何か問題はなかっただろうか。
 俺たちはとにかく人通りの多い場所を進んで歩き回った。そうすれば少しは彼女のことを見ることができる人がいるだろうと考えたからだ。
 だが実際には、彼女の姿を見ることができた人は現れなかった。なぜだ? 彼女と関係性が薄いはずの俺たちの間では五人も彼女の姿が見えるって言うのに。……待てよ、関係性?
「なあ、どうして俺たちはこいつのことが見えるんだろう?」
 俺の質問提起に、皆が首を傾げる。
「どうしてって、私たちが佳歩さんのことを知っているからでしょう?」
 何を言いたいのだろうか、と言った口調でほのかが返答する。
「違う違う、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、どうして俺たちは、皆、彼女のことを知っているんだろうってこと」
「そうか……関係性のことだね?」
 政史が呟いた。
「そう、それ!」
 他の皆はまだ何を言っているのか分からない、といった表情だ。先ほどまでの立場が逆転した気がして、少し優越感に浸る。
「だから、これだけ歩き回っても、俺たちはこいつの姿が見える人を見つけられずにいる。つまりこいつのことを知っている人の絶対数はそれほど多くはないってことになるんだ。でも俺たちは皆して知っている。つまり俺たちはこいつのことを、テレビとか新聞とか、そんな不特定多数に送られる情報ではない何らかの手段で、一緒に知ったんだよ」
「そうか……私たちと佳歩さんの関係性は分からないけれど、私たちの間での関係性ならよく分かってる。その関係性を辿ればどこかで……」
「この子にぶつかるってわけね。やるじゃない、お兄ちゃん」
 二人の言葉に満足しながら薗部佳歩の方を見る。彼女も嬉しそうに微笑んでいた。彼女が嘘をつけないというのなら、この方向性でどうやら正しいと言えるらしい。
「となると次は俺たちの関係性を辿っていけばいいわけだな。具体的にはどうする、光一?」
「はーいはい、おいらに提案があるよ!」
 威勢よく政史が手をあげる。
「一体どんな案なの?」
 ほのかが尋ねる。
「フフ、よくぞ聞いてくれました」
 勿体つけて咳払いをしてから、政史は告げた。

「おいらたちの思い出の場所を巡るんだよ、小学校とか中学校とか。そうすればおいらたちの関係性も辿れるし、光一が東京へ行く前の思い出作りにもなるでしょ。どう、おいらの案?」
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2007/10/14(日) 12:03:27 | 精神医学ってすごい?
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