「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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第6章 Devil’s name
 第六章 Devil’s name

 直之の先導に従い、俺たちは黙って歩いていく。シトシトと降る雨が煩わしい。
 直之はなぜかスコップを持っていた。俺たちの進行方向からすると、今、向かっているのは東谷中学校だろうとあたりはつくが、スコップの使用目的はピンと来ない。
 ――だがそれは、どうやら皆が皆、というわけでもないようだ。
 表情から察するに、春奈とほのかは、今から何をするのか、はっきりと自覚しているらしい。
「直之、そろそろ教えてくれてもいいだろう? 俺たちは今から、どこで何をしようっていうんだ?」
 自分だけが置いてけぼりのような……そんな気分と、早く答を知りたいという思いがモヤモヤした形になって、それが言葉となって発露する。
 そうやって破られた沈黙だったのに、直之が何も返事をしなかったばかりに、再び沈黙が訪れる。その空気に耐えられず、再び言葉を発する。
「直之! 返事くらいしてくれたって――」
「一つ、先に言っておかなきゃいけないことがある」
 俺の言葉を遮って、直之が唐突に切り出した。そのことに文句を言おうとも思ったが、歩きながらこちらを振り向いた直之の視線に射すくめられて、何も言えなくなる。
「昨日の話の中でね、僕は一番大切なことを黙っていたんだ」
 そこまで言うと、直之は何かを躊躇するような仕草を見せた。ここまで来れば、誰に遠慮する必要もない、そう思った俺は、
「続けてくれ」
 と先を促した。そんな俺を見てコクリと頷くと、直之は先を続けた。
「薗部佳歩は僕たちのところに現れた理由を、ここが一番悪魔に会いやすいところだからって答えた。それをほのかは、いきなりラストステージに現れるようなボーナスって言っていたけれど、それって微妙に間違っていると思うんだよね」
 言いながら傘を横にして、空を見上げる。いつのまにか雨は止んでいたらしく、直之は傘をたたむ。俺たちもそれに倣う。
「もしね、薗部佳歩が、ここに来たのは悪魔に自分の大切な人の名前を一番言わせやすいところだから、って言えば、その表現は正しいと思う。でも薗部佳歩は実際には、悪魔に会いやすいからここに現れたって言ってるんだよ」
 いつの間にか、一昨日も上った階段の前まで来ていた。だが、今、俺の体には一昨日とは明らかに異なる変化があった。
 心臓が早鐘のように鼓動している。
 なぜだ? まだ階段を一段も上ってないうちから、どうしてこんな……
「だからね、似たような比喩を使うなら、薗部佳歩はラストステージにいきなり現れたわけじゃないんだよ。もっと的確な表現を使うなら、薗部佳歩はラスボスの前にいきなり現れたんだ」
 そして俺は悟る。この心臓の鼓動は、一種の警告だったことを。
 俺が受け止めるべき真実の重さを伝えるものだったことを。

「分かる、光一? つまり薗部佳歩は僕たちのところに現れたわけじゃない、悪魔たる君のところに現れたんだよ」

「へ?」
 間抜けな声をあげて立ち止まる。何を言ってるんだ? 佳歩は俺のことを神様と呼び、今度は直之が俺のことを悪魔呼ばわり。冗談がきついぜ、まったく。
 そう心の中で呟きつつも、それが気休めに過ぎないことはわかりきっていた。
 ほのかも春奈も、その表情はそれが真実であると肯定していたし、何よりますます早くなっていく心臓の鼓動が、心の奥底のどこかにいる俺の声となって伝える。

――悪魔とは木山光一、お前のことだ――

 と。
「もっと分かりやすく言った方がいいかな? つまり薗部佳歩はどこでもドアを使ったって思えばいいんだよ。君が薗部佳歩なら、あてになるかならないか分からない協力者のところに行くくらいなら、真っ先に悪魔のところに行くと思わない?」
 それは……確かに正論だった。こと、薗部佳歩の場合、制限時間より前に消滅するような条件は設けられていない。つまりいきなり悪魔の前に現れても、何ら不利益はないのだ。制限時間内に名前を言わせるためには、なるだけ早く悪魔の前に現れた方が良いに決まっている。
 でも……
「でも……俺はあいつを……いや、それどころか人一人殺したことなんてない! それなのにどうして俺が……」
 いくら心の中で、自分自身が悪魔であることを認めていようとも、理性がそれを拒否する。そう、俺は……俺は人を殺したことなんて、断じてない!
「全て分かるさ、あの場所で、また薗部佳歩に会うことで」
 そう言ってこちらを見つめる直之の瞳はどこか憂いを帯びていた。

 *

 階段を上り始めたので、てっきり目的地は東谷中学校かと思ったのだが、そうではなかった。
 途中でフェンスの切れ目を見つけると、直之はそこに体を滑り込ませていく。その光景は、俺に忘れていた何かを思い起こさせるものだった。佳歩を見たときに感じたような、曖昧な感覚ではなく、もっとはっきりした、間違いなく経験した何かを――
「昔はもっと楽に抜けられたのにな……」
 そんなことを言ってから抜けきると、直之は山の中に一歩入ってから俺たちを待つ。
 俺たちも直之に続いてそこを苦労して抜ける。特に背の高い卓弥や春奈は苦労しているようだった。結局、卓弥は諦めて、フェンスを乗り越えることにした。忍び返しもないので、そこまで危なくもない。
 俺たちが抜け切ったのを見届けると、直之はまた歩き出した。雨が止んだとはいえ空はまだ薄暗く、ただでさえそんなに明るくない山の中は、不気味な暗さを宿している。
 だがそれでも、現状を把握しきれていない俺にさえ、なんとなく目的地の見当がつき始めていた。

 今俺たちが向かっているのは、秘密基地だ。

 その秘密基地を見つけたのは、ちょっとした好奇心の賜物だった。
 当時小学生の――確か六年生だった俺たちは、東谷中学校を見学に行った帰りに、そのフェンスの隙間を見つけた。
 無理すれば大人でも通れるだろうけれど、子供なら無理せずに通れるその隙間に好奇心を刺激された俺たちは、迷わずその先へと進んだ。
 とはいえ現実はそう甘くなくて、道に迷った俺たちは、その辺をさ迷い歩く羽目になったのだった。
 だが今になってみれば、それも無駄ではなかったといえる。なぜならそれにもめげず、歩き続けた俺たちは、その秘密基地を見つけることができたのだから。
 そう、そこを曲がれば――

 一本だけぽつねんと咲いた桜が、俺たちを出迎えてくれる。
「ここまで来れば、もう分かるよね」
 直之が立ち止まり、振り返る。
「……ああ、なんとなく心当たりはついた、かな」
 ……本当に俺は馬鹿だ。どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。
 そんな俺の様子を見ると、直之は桜の木を仰ぎ、そして後ろを見て、かつて秘密基地があったところを振り返る。
 そう、俺たちが見つけた秘密基地は、元は小さな防空壕だった。誰からも忘れ去られていたそこに、俺たちは暫しの間、秘密基地としての役割を与えた。学校から帰ってくると、ちょっと遠出してはここに来て、秘密基地にいる自分たちという存在に酔いしれていた。
 具体的にどれくらいの期間だったかは覚えていない。でも、それほど長い時間ではなかった気がする。ある日いつものように秘密基地へ向かうと、そこには何人かの大人がいた。
 大人たちは俺たちを見咎めると、言った。

――子供がこんなところに来るもんじゃない。もっと安全なところで遊びなさい――

 今ならその言葉が分からないでもない。確かにその元防空壕は、誰も手をつけずにほったらかしにされていて、お世辞にも子供の遊び場として安全なところではなかった。俺の記憶が正しければ、確かその頃市内のどこかで、防空壕を遊び場にしていた中学生が事故死する事件が起きていた。その関係で、忘れ去られていた防空壕が日の目を見ることになったのだろう。二度と間違っても、日の目を見ることがないように。
 だが当時の俺たちには、それが大人たちの理不尽な言い分にしか聞こえず、憤りを感じたことを覚えている。
 とにかく翌日、改めてそこに行ってみると、俺たちの秘密基地は入り口を塞がれ、完全になくなってしまっていた。悲嘆にくれる俺たちの中で、誰がそれを言い出したのかは覚えていない。だが、確かに誰かが言った。

 タイムカプセルを埋めよう、と。

 直之は桜の木と、かつての秘密基地の中間くらいに立って、穴を掘り始めた。スコップが一つしかないので、始めのうちは直之一人で穴を掘っていたが、途中で卓弥や政史に交替しながら、穴を掘り続ける。
 タイムマシンを開ける日は、俺たちの誰かがこの地を去るときと決めていた。俺と直之が上京する、この春休みが正にそのときだったわけだ。
 今になって思うと、三日前にほのかが俺の予定を確認したのはこのためだったのだろう。そして昨日、直之がスコップを持ってきたのは、直之が召集の理由をタイムカプセルの開封にあると思ったからだ。
 そう、思い出すきっかけはいくらでもあった。思い出せなかったのはひとえに俺の責任だ。
 ぼんやりとそんなことを考えている間にも、穴はどんどん深くなっていく。だが、子供の頃の俺たちの努力はなかなかのものらしく、なかなかそれに行き当たらない。おかげで俺にまで、穴を掘る番が回ってきてくれた。
 政史からスコップを受け取ると、俺は黙々と穴を掘り始めた。穴を掘りながら、一つずつ思い出してく。
 この四日間の出来事を、佳歩の言葉一つひとつを。

『俺は……お前と会ったことがあるのか?』
『いえ、ありませんよ』

 あるはずがない、俺とあいつが出会うなんて奇跡が、二度も起こるはずがない。

『お前はほのかの親戚か何かなのか?』
『いえ、親戚……というわけではありませんね。無関係というわけでもないですけれど』

 確かに親戚と言うわけではない。そして無関係でもない。何せ薗部佳歩という名前は、薗部ほのかからとった名前――ほのかの「ほ」と「か」に適当な漢字をつけたもの――なのだから。

『春奈さんって、光一さんのお姉さんだったんですね』

 あの時は、久々のショックのせいで気が回らなかったが、佳歩は木山春奈という名前を知りながら、それが俺の妹だということを知らなかった。今ならその理由にも心当たりがある。

『ただ、今の私が家族の下に戻ることができないってことだけはお伝えしておきます』

 戻れるはずもない。なんせ彼女の家族は、いや、それどころから彼女の知り合い全てはこの世界に存在しない。

『私の大切な人の名前が分かれば、その理由もお分かりになると思いますよ』

 佳歩が蘇った後の混乱をどうするのか、と聞いたときの返事がこうだった。なるほど、今になってみれば確かに、混乱が起きるわけがないと断言できる。何せ佳歩は、そもそも死ななかったことになるのだから。
 そして――

『ダメですよ、神様が私なんかにそんなことを言っちゃ』

 カツン、とスコップの先が何か固いものに当たる音が聞こえる。
 穴を掘るのをやめ、慎重に土を払う。
 地面の下から出てきた直方体のブリキ缶を取り出し、箱を開ける。中に入っているのは、たくさんの紙。その大部分を占める、数十枚の原稿用紙を取り出す。
 表紙には大きく、

『魔法世紀』 木山光一著

と書かれている。
俺たちがタイムカプセルに入れることにしたのは、未来への自分たちの手紙だった。皆は素直に手紙を書いたわけだけれど、ひねくれていた俺は、当時書いていた小説をそのまま入れたのだ。未来の自分が、これを越える作品を書いていることを信じて――
 そしてそれがこの『魔法世紀』。
科学ではなく、魔法が発達した未来の世界を舞台に繰り広げられる物語。
 黙って何枚か、原稿用紙をめくる。該当箇所はすぐに現れた。

『薗部佳歩(そのべかほ)がつっこむ。魔法が使えるようになっているとはいえ、別に気配を消すことができるわけではない。ただ単に、気づくのが遅いだけのことである。
 彼女のショートカットと、キリリとした瞳からは彼女の持つ意志の強さがにじみ出ている。ぱっと見ボーイッシュな印象を受けるが、髪をのばせばおそらくそのような印象も消えて、もっともてるようになるだろう』

 そう、この作品のヒロインの名は薗部佳歩。
 薗部佳歩というキャラクターを生み出した点から見れば、確かに俺は佳歩にとっての神様であった。
 と同時に、俺は作中で、佳歩を殺した。その点から見れば、俺は間違いなく悪魔だった。
 最後の佳歩の言葉が、改めて浮かぶ。

『ダメですよ、神様が物語の登場人物(わたし)なんかにそんなことを言っちゃ』

 佳歩の言葉の真意を悟った俺は、原稿用紙の束を胸に抱き、心の中でひたすらに謝り続ける。

――忘れていてごめん、思い出してやれなくてごめん――

 かつて、自分が生み出し、そして殺したキャラクター、薗部佳歩に向かって、何度も、何度も、いつまでも。いつのまにかに流していた涙を、拭うこともせずに。

 どれくらいの間、そうしていただろう。やがて、上のほうから声が聞こえてきた。
「光一、そろそろいい?」
 声をかけてきたのは、ほのかだった。その言葉で、我に返る。
「ああ、ありがとう」
 タイムカプセルという名のブリキ缶を手に取り、穴から出る。俺はタイムカプセルの中身を、それぞれに手渡す。皆は俺のような原稿用紙の束ではなく、それぞれ封筒が一通入っているだけである。
 皆に手紙を渡し終えると、俺は改めて、かつての自分が書いたあとがきを読む。

『まずはこの作品を読んでくれたとともに、主人公とヒロインに名前を提供してくれた薗部ほのか、木山春奈、下川政史、藤崎卓弥、太田直之の五人に、感謝の意を示したいと思います』

 かつての俺は、何をかっこつけているのだろう。それに読んでくれた、といっても、ほとんど皆、最初の数枚を見せられて、続きはタイムカプセルを開けたときに見せるよ、と言われただけに過ぎない。
 唯一の例外は直之だった。直之だけは、この作品を漫画化するという条件をつけて最後まで読んでもらったのだ。結局、その話は有耶無耶になってしまったのだけれど。
 続きを読む。

『読んでもらえれば分かると思いますが、本当につたない作品です』

 これは謙遜抜きに事実だろう。小学生にしては、と言えないこともないかもしれないが、それにしたって拙いことに変わりはない。

『おまけに、この作品を書き終えた今でも、本当にこの結末でよかったのかな、と思っちゃったりしています』

 この話の結末――それはヒロインである薗部佳歩が、主人公の目の前で死んでしまう、というものであった。そして幼き日の俺は、自分で書いておきながら、その結末に納得しきれていなかった。

『だからもし、もっと良い結末が思いついたら、その結末にこの物語を書き換えてしまおうと思います。無期限にするわけにもいかないので、締め切りは高校生活最後の日の十二時です』

 神様――つまり俺が定めた『ルール』はたったこれだけだった。結局のところ、七十七時間という時間には意味がなかったわけだ。問題はリミットである今日の十二時の方だった。
 そして今なら、ほのかがあれ程、過程にこだわった理由もよく分かる。
 今回の場合は、むしろ結果には全く意味がない。俺が薗部佳歩という存在を思い出し、彼女が迎える結末を書き換えることを決意する、という過程にこそ意味があるのだから。

『願わくば、そのときの僕が、たくさんの人に感動を与えられる、そんな作品を書いていることを――』

 あとがきはそれだけだった。読み終えてから少し考え、
「卓弥、政史」
 二人の名前を呼ぶ。
 直之は言うに及ばず、春奈とほのかもこの作品のことを思い出しているらしい。だとすれば、説明が必要なのはその二人だけと言うことになる。
 二人とも、自分の過去からの手紙を読んでいたが、素直に俺のところに来てくれた。そんな二人に、俺は黙ってあとがきを渡した。
 二人がそれを読むのを確認すると、卓弥に尋ねる。
「卓弥、この作品の主人公の名前、覚えているか?」
 卓弥は頷き、言った。

「木山光一と木山春奈、
下川政史、
藤崎卓弥、
太田直之、この頭文字を順にとって木下藤太だ」

 俺は黙って頷く。
 そこまで確認して、抑えきれない疑問が湧きあがる。
「なんで、忘れていたんだろう……」
 いくら主人公の名前が、皆でつけた思い出深い名前だったとはいえ、ほとんどこの作品を読んでいない卓弥でさえも、主人公の名前を思い出すことができた。
それなのに作者であるはずの俺は、タイムカプセルのことをすっかり忘れてしまったばかりでなく、主人公やヒロインの名前はおろか、この作品の存在さえ思い出してやることができなかった。
 理由はいくらでも挙げられる。
中学の時に入った部活――
 受験勉強――
 進学校ならではのカリキュラム――
 そんな日々に忙殺されるうちに、いつしか忘れてしまっていたというのは簡単だが、それが小説を書くのをやめ、かつての自分の言葉を忘れてしまった決定的な理由にはなり得ない気がする。
「多分、それが光一にとっての大人になるってことだったんじゃないかな」
 そう呟いたのは、政史だった。
「人はいつまでも子供じゃいられなくて、どうしても切り捨てなきゃいけないものがあると思う。たとえば小学校の頃って、学ランを着た中学生が無駄に怖かったりしなかった? でもそんな気持ちはいつしか忘れてしまう。そんな思いを胸に抱えたまま、マトモに生きていけるはずもないしね。でも、たとえば雪を見て積もってほしいと思うような気持ち、そんな気持ちをガキっぽいって切り捨てちゃうのは簡単だけれど、そういう気持ちって、本当に切り捨てちゃっていいのかな」
 そこで一息つき、更に政史は続ける。
「だって、雪を見て積もってほしいって思うような気持ちは、切り捨てなきゃいけないものじゃないよね。でももちろん、切り捨てて不便するものでもない。どちらが正しいってことじゃないんだろうけれど、でもそうやって切り捨てていくことが、多分大人になるってことなんじゃないかな」
 そこまで言うと、
「なーんてね、ごめんね、偉そうなこと言ってー」
 政史は急におどけて見せた。
 だが、政史の言うことはあながち間違っていない気がする。それが正しいとか、正しくないとか関係なしに、小説を書くのをやめる、という選択肢が、いつのまにか、俺が無意識のうちに選んだ選択だったのかもしれない。
 そこまで考えて自分のほほに何か冷たいものが触れたのに気が付く。それは俺の気のせいでなければ――
「まさか、雪?」
 春奈の言うとおりだった。
「馬鹿な……もう四月になるっていうのに?」
 卓弥が唖然とした表情で空を見上げながら、呟く。
 チラホラと空から舞い降りてくる雪と、サラサラと桜の花びらが散りゆくさまは、幻想的で、あまりにも儚く、美しかった。
「これが……最後のおまけかもしれないね。ピグマリオンの恩恵の……最後のおまけ」
 直之がこちらを見ながら呟く。
 ピグマリオンか……最近やったゲームの中でその名前を聞いた気がする。確か、自分が作った彫像に恋をして、その彫像が人間になる、という話ではなかっただろうか。
 そう考えると、俺はピグマリオンの恩恵を受ける立場から最も遠い立場にいながら、ピグマリオンの恩恵を受けたわけだ。
 それだけでも十分贅沢な奇跡だと言うのに、こんなとんでもないおまけをつけてくれるなんて、神様の神様とやらもにくいことをしてくれる。
 そして、本当に自然に、その言葉が出てくる。
「積もれば……いいのにな」
 いくらなんでも、そこまでの奇跡を期待するのは差し出がましいとは分かっている。でもなぜだろう、今の俺にはそれを期待することが、とても自然なことのように思えるのだった。
 周りの皆を見る。皆の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
 その内の一人で目が止まり、佳歩の、本当に最後の言葉が脳裏を過ぎった。

『それとこれとを勘違いしないようにしてください』

 俺が佳歩に抱いた気持ち――それは今だから言えることだけれど、きっと娘を思う父の気持ちに近いものだったのではないだろうか。だからこそ俺は、あいつのことを放っておけないような気分になったのではないだろうか。
 だとしたら。
 それが佳歩の言うところの『これ』であって。
 そうすると、佳歩の言うところの『それ』は、つまり今、目の前にいる人への気持ちをきっと指すもののはずだから――
「ほのか」
 俺はその人の名前を呼ぶ。ちょっと驚いた顔で、ほのかは俺と相対する。
 そして俺は、今の自分の気持ちを――
「まだ俺、佳歩が最後に残した言葉の意味をはっきりとは理解していない気がするけれど、それでも佳歩への気持ちと、ほのかへの気持ちが全然違うってことだけははっきりしているんだ。だから今、俺、思うんだ」
素直にぶつける。
「俺、お前のことが、好きかもしれない」
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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