「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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私立竹下学園百人一首部奮闘記 1年目5月-2
 *

「あーーー、ごめんなさい、地味な人の名前を覚えるのってどうも苦手で……」
 言い訳を言っているのか、それともさりげなく僕を蔑んでいるのか、瀬尾さんは更なる追い討ちをかける。
「あらあら、ダメじゃない、早未ちゃん、本当のことを言ったらヤマガワ君がどんどん気を落としてしまうわよ」
 ……玉野先輩、それも追い討ちです……
「ま、まあそれはそれとして」
 小倉先輩がぎこちなく場を繕う。
「現時点での新入部員が揃ったことだし、今日はとりあえず2人には百人一首の初歩の初歩、札を覚えてもらうところから始めましょうか」
 そんな小倉先輩の言葉に、僕は2つの疑問を抱く。
 まず1つ目。
「初歩の初歩って……瀬尾さんは入学式の日にはもうここに来てたって聞いたけれど、それなのにまだ何もしてなかったの?」
「ええ……陸上部の勧誘がひどくて、なかなかこっちに顔を出せなくて……って、ヤマガワ君よく知ってたわね、わたしの入学式の日の行動なんて」
「あ、う、うん、友達に聞いてね」
 丁度さっき、谷からその話を聞いたばかりだ。あれ、でもそれで谷は何を言いたかったんだっけ? まあそれはどうでもいいことだ、クラスメイトにさえヤマガワ君と呼ばれてしまうことに比べれば……
「ちなみに我が部は決して兼部を否定しないが、それでも陸上部に入るわけはないのだね?」
 春野先輩が意味深な口調で尋ねる。
「そりゃあわたしだって、そういう選択肢を考えなかったわけじゃないですけれど、あの陸上部の部長の言うことがどうしても納得できなくて……」
「ほう、一体やつはどんなことを言ったのだね?」
「百人一首部『なんか』に兼部することは許さないですよ! そりゃあ一般的な知名度は低いから、誰もが魅力を理解してくれるとは限らないことは分かりますよ。でもだからって、わたしが好きになったものを全否定して、自分の価値観を押し付ける人が部長をしている部『なんか』と兼部はしたくありません!」
 ことさらに『なんか』を強調しながら、瀬尾さんがすごい剣幕でまくし立てる。相当頭にきていることがわかる興奮っぷりだ。
 そしてそれは、触れがたいと同時に羨ましくもある姿だった。なぜってこれほどまでに好きと言えるものが、今の僕にはとても思いつかないから……
 あ、それで思い出した。もう1つの疑問。
「そうか……あいつはそこまで言ってたわけか……まあそういうことなら、俺が今後は勧誘をしないように伝えておこう、やつには色々とつてがあるからな」
 春野先輩がそう締めくくったところで尋ねる。
「そういえば先輩、1つ尋ねておきたかったんですけれど、ここって何をする部なんですか?」
 その場にいた全員の目が点になる。何か変なことを言っただろうかと思いつつ、更に質問を重ねる。
「百人一首部っていうから、てっきり和歌の解釈でもする部なのかなって思っていたんですけれど、和歌を覚えるところがスタートなんですよね。それじゃあ何かおかしい気が……」
「ちょっ、ちょっと待って、ヤマガワ君、あなた入学式の日のデモンストレーションは見てないの?」
 小倉先輩が僕の言葉を遮って尋ねる。
「デモンストレーション……? ああ、そんなのもあったらしいですね」
「あったらしい? と仰るということは、もしや……」
 そんな玉野先輩の質問に、僕は期待通りの返答をする。
「はい、校長先生の話からずっと寝ていました」
 先輩方が落胆のため息をついたことは言うまでもない。

 *

「うおーーー!」
 思わず驚きの声をあげる。
 起こってしまえば、それは一瞬だった。
朗々と詠みあげられる和歌、束の間の静寂、そして驚くほどの速さで突き出される両者の右腕。距離のハンデがあるためか、それらは辛うじて接触を免れ、春野先輩が先に札に触れる。
「あらあら、そんなに分かりやすいリアクションをしていただけると、こちらとしてもやりがいがありますわね」
 と言ってる玉野先輩は札を詠んでいて、取りには参加していなかったりする。
 とにもかくにも、百聞は一見に如かずとは言ったもので、僕はそれだけで1つの思考に思い至る。
「こんなこと出来るわけないじゃないですか!」
 自慢じゃないが、僕は昔からノロマなことが唯一無二の特徴みたいな男だ。先生からいつも言われる言葉は、ボーっとするな。
 そんな僕に、あんなことが出来るわけがない!
「何も最初から、あのスピードを期待はしないさ。とはいえ、1,2ヶ月も練習すればそれなりの成果は出るのだがね」
 そう言って春野先輩は、フフフと不敵に笑いながら、右手中指で眼鏡をクイッと持ち上げる。
「まあそれはおいといて、とりあえず段階を踏んでやっていくわよ、今日の課題はさっきも言ったとおり札を覚えることね。今日の目標は……まあ50枚ってところかしら」
 サラリと小倉先輩が言ってのける。
「ご、50枚ですか? いきなり?」
 さすがに瀬尾さんも驚きを隠せないらしい。
「そう気負うことはありませんわよ、覚えるといっても、上の句と下の句を全部覚える必要はないんですもの」
 玉野先輩が優しく告げる。
「全部覚える必要はない?」
 それで本当にいいのだろうか?
「そうだな、順を追って説明しよう」
 そう言って一息ついてから、春野先輩の説明が始まる。
「まずは基本的なルールからだな。今の俺たちの様子を見ていれば分かっただろうが、この競技では百人一首の札、100枚全てを使うわけではない。お互いに25枚ずつ、計50枚の札を取り合い、先に自分の陣にある札、25枚を取りきった方が勝ち、という……まあ言ってしまえばルールはそれだけの、非常にシンプルな競技だ。勿論もう少し細かな規定はあるが、基本的にはそれが本質と考えてもらっていい」
 春野先輩の話を聞きながら、畳の上に目を移す。お互いに3段ずつ、整然と並べられている札の様子は、こらから起こる何かに向けた布陣を連想させる。とはいえなるほど、なんだか見た目の印象は違うけれど、結局はかるたの一種……って点に変わりはないわけだ。
「一ついいですか?」
「なんだい瀬尾君?」
 挙手した瀬尾さんに、春野先輩が君付けで答える。
「自分の陣の札を取りきったら勝ち……って言いましたけれど、そしたら相手の陣の札を取る意味がないんじゃないですか?」
「いい質問だ」
 出来の良い生徒に巡り会った教師のような表情で、春野先輩が答える。
「相手の陣の札を取ったときは、自分の陣にある札を1枚、相手の陣に送ることが出来るのだよ。そうすれば総合的に見れば、こちらが1枚減ることになるだろう?」
「なるほど、分かりました」
「そんなわけでこの競技、ルールはさほど難しくない。お手つきに関しては少しややこしいのだが……それは今日のところはひとまずいいとして……勝つための大原則、これも非常に分かりやすい。相手より多くの札を、より早く取ればいい、それだけのことだ、簡単だろう?」
 確かにこれの本質がかるただと言うのなら、それが勝つための方法だというのは理解できる。でも……
「簡単って……僕にはとても簡単そうには思えないんですけれど……」
 ノロマな僕にあれ程のことが出来るなんて、とてもじゃないけれど思えないよ……
「ふむ……その質問は単純でありながら、競技かるたの本質を突く難しい質問だ」
 そんな僕の他愛ない呟きに、意外にも春野先輩は考え込むような仕草を見せる。
「相手より早く……それは必ずしも相手より速くを意味せず、さりとて小細工を弄することにかまけて、速さを疎かにしていいわけではない……」
 そんなことをブツブツ呟くと、春野先輩は自分の世界に没頭し始めてしまった。
「……海、自分の世界に没頭するのはその辺にして、とりあえず説明に戻ってくれるかしら」
「お、おお、そうだったな。すまんすまん」
 そのまま深淵に沈むかと思われた春野先輩だったけれど、小倉先輩の声で現実に引き戻されたらしく、わざとらしく咳払いをして見せてから話を再開する。
「まあここはひとまず、勝つための方法論の簡易性についてはおいといて、だ。随分遠回りしてしまったが、札をより早くとるためのスタートライン……決まり字についての説明だ」
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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