「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カノン 事件編その3
 トイレから出て最初に思った感想は、間が悪い、の一言に尽きた。
 特別校舎は中が吹き抜けになっているため、廊下の様子は同じ階ならほぼ全面が、上下の階なら対面は見通すことができるようになっている。そんなわけで、対面に位置しながら、二人の様子――柳沼と碧さん――は良く見えた。
 二人の様子は決して友好的なものではなく、しつこく言い寄る柳沼を、碧さんが拒絶しているのがここからでも見てとれる。
 ここに柳沼が多くの生徒から嫌われている所以がある。柳沼は若い女性教師――たとえば碧さんのような人にことあるごとに声をかけて、交際を求めるのである。噂では、美術部の生徒にも声をかけているとかいないとか。これで柳沼が皆の目を引く好青年なら話は別だったのだろうが、残念ながら、柳沼は地味で冴えない容貌をしていた。結果として柳沼に対する評価は、キモいの一言に集約されてしまうわけである。
 見なかったことにしてしまいたいが、二人は部屋の前で話をしている。おそらく碧さんが文化祭の準備を一通り見終えて部屋を出たところに、運悪く、巡回を開始した柳沼と遭遇してしまったのだろう。無視して通ることは出来ない。
 それに他ならぬ碧さんをこのまま放っておくわけにもいかないだろう。僕は深いため息を一つつくと、二人の下へと向かう。
「しつこいですよ! 柳沼先生! 先ほどからご遠慮しますと申し上げているじゃないですか!」
「だからねー、山崎先生、そんなに気負う必要はないんですよ、俺はただ……」
「あのー、どうかしましたか?」
 さも二人の間に流れる険悪な雰囲気に気付いていないかのように、あくまで平然と声をかける。そこで初めて二人とも、僕のことに気がついたようだった。
 会話を遮られ、気勢を削がれてしまった柳沼は、忌々しげにこちらを睨みつけると、あからさまに舌打ちをして見せてから三階へと上がっていった。
 僕は無言でそれを見送り、碧さんはそれを……あかんべーで見送った。
「碧さん、いくらなんでもそれはないんじゃないですか?」
「あらぁ、いいのよ、あんなやつにはこれくらいしたって。それはさておき、ノンちゃん、学校では碧さんじゃなくて、山崎先生でしょう?」
「それを言ったらみど……山崎先生だって、今、ノンちゃんって言ったじゃないですか」
 途中で睨みつけられてしまったので、山崎先生と言いなおす。
 碧さん――この場では山崎先生――は確かに教師であるが、それ以上に僕にとっては一番上の姉の悪友である。姉たちほど性格がねじれているわけではない分、マシではあるけれど、それでも学校の関係者に僕のトラウマについて深く知る人がいるのはあまりいい気分ではない。
「あらほんと、うっかり口を滑らせることがないように気をつけないとね」
 そう言ってから軽く顔の角度を変えて、眼鏡をキラリと反射させる。まさしくさっき、泉から連想した悪の参謀の仕草である。それゆえに全てを語らずとも、彼女の言いたいことは伝わってくる。
 昔のことをバラされたくなかったら、大人しく言うことを聞くのね、と。
「……了解しました、山崎先生」
「うむ、分かればよろしいのだよ、分かれば」
 言って、満足げに何度も頷く。
 ……うん、根は悪い人じゃないってのは分かってるよ。この人は面白ければなんでもいい、という点において姉と強烈なシンパシーを感じて、友達をやっているような人だってことも、それ以外の点においては、普通の人以上の優しさを備えていることも。だからこそ嫌いになれないんだよね……
「でも柳沼のやつもいい加減諦めたらいいのに。ここまで来ると執念ですよね」
 話を逸らしたくて、話題を柳沼に移す。
「本当に、いつになったら脈がないことに気付いてくれるのかしら。これだからモテない男は……」
 返ってきた返事は、予想以上に辛辣なものだった。これだからこの人は油断ならない。そのせいもあって、僕もついつい調子に乗ってしまう。
「馬鹿は死ななきゃ治らないっていいますしね、もうここまで来ると、一回死なないとあの人の馬鹿も……」
「ノンちゃん! 冗談でも言っていいことと、そうでないことがあります!」
 一転、碧さん……いや、山崎先生の厳しい声が飛ぶ。そこにあるのは紛れもない教師の顔だった。
「……はい、すみません……」
 その剣幕に押され、呼称を訂正させることも忘れて謝ってしまう。これだからこの人は嫌いになれない。
「いいわよ、分かってくれれば。まあ柳沼先生には、諦めてくれるまでこちらも粘り強く頑張っていくわよ」
 気楽にそう言ってのけるけれど、あの先生のしつこさは、誰が見たって折り紙つきだ。おそらくそう簡単なことではあるまい。そう考えていることが顔に出たのだろうか。碧さんは笑って言った。
「大丈夫よ、私はあなたのお姉さんと友達やってたのよ。それに比べればこの程度のこと、造作も無いわよ」
 それは僕にとって、何よりも説得力を持つ言葉だった。

 部屋に戻ると、皆の作業は片付けへと移行しつつあった。あまり帰りが遅くなってもよくないし、妥当な頃合だろう。
「よう、トイレにしては遅かったんじゃないか?」
 身の回りの道具を片付けていた泉が声をかけてくる。
「そうか? それほどでもないと思うけれど」
 適当にはぐらかしつつ、僕もその作業に加わる。
 現段階でそれなりに形になっている展示物をとりあえず部屋の隅にまとめておく。テーマの普遍性のおかげで、文化祭当日までこの部屋を使えるのは幸いだ。ただ、この部屋に当日、わざわざ足を運ぶ人がどれだけいるのかは、甚だ疑問ではあるけれど。
 作業は順調に進んでいく。だが作業を進めていくうちに、何かが足りない気がことに気がついた。
 何だっただろうか……何かあるはずのものがないような気が……
 釈然としない気持ちを抱いたまま、作業を続ける。時間はあっという間に過ぎ去り、部屋の片付けは終わり、皆もほとんど帰り支度を終えていた。さあ帰ろうという段になって、やっと気がつく。
「ああそうか、足りないのは何かじゃない、高山さんだ」
「ん? 高山さんがどうかしたか?」
 俺の呟きを聞き取った泉がオウム返しに尋ねてくる。
「いや、高山さんがいないなって気がついたからさ」
「高山さん? ああ、それならお前がさっきトイレに行ってるときに……」
 しかし泉の言葉を最後まで聞くことはできなかった。
 ドカッと何かくぐもったような音と、バリンといくつものガラスが割れる甲高い音。
それらが一斉に廊下から響いてきたからである。
「今の音は?」「なになに、なんなの?」「なんかすげー音だったよな」
 部屋の中が騒然とする。誰かが爆発という単語を口にすると、部屋の中は一気に混乱の極みになった。
「爆発って一体どこが?」「ちょっと、ここ、安全なの?」「まさかそんなはず……」
 誰かの言葉を口火に、皆が一つしかないドアへと雪崩れ込む。僕もその流れに巻き込まれる形で、部屋を飛び出す。
 たたらを踏んで廊下に出ると、異常が発生している場所は一目で分かった。化学準備室である。そこのドアが外れ、廊下にしだれかかるとともに、細い煙が上がっている。いや、異常はそれだけに止まらない。ドアの陰には……
「え?」
 心臓がドクンと大きく跳ね上がる。まさかそんなことがあるわけが……
 皆が何かを恐れるかのように遠巻きに眺める中を、急いで駆け寄る。遅れて、他にも駆け寄る幾人かの姿が視界に入るが、それを気に留めることなく、ドアをどける。
 そこにいたのは、紛れも無く――!
「碧さん!」「山崎先生!」「ちょっと大丈夫なの!」「誰か、救急車!」
 もはや自分が何を叫んでいるのか、そもそも何か言葉を発しているのかも分からない。飛び交う怒号や悲鳴の中、真っ白になった頭に、カタンと甲高い音が響いてきた。
 ゆっくりと視線を音のほうへと向けた。
 そこには今まさに山崎先生の手から落ちた、ライターが転がっていた。
スポンサーサイト

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2006 「メビウスの輪」の表側 all rights reserved.
Powered by FC2 blog. Template by F.Koshiba.
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。