「メビウスの輪」の表側
福岡の某大学に通う学生が、日々のどうでもいいことを備忘録代わりに書き記したり、オリジナルの推理小説を中心とした様々な小説をを発表したりするブログです。
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夜の学校
 誰もいない廊下。
 誰もいない校庭、そしてそこを煌々と照らす月明かり。
 ここは昼間の喧騒が嘘のように静まり返った夜の学校。
 そんな、日常から少し遠いところで放たれた綾香ちゃんの言葉は、暗い静寂にさざ波を立てるように響く。
「今更聞くのもなんだけどさ、侑子って夜の学校は怖くないの?」
 今や指定席となった窓枠に腰かけて、綾香ちゃんは本当に今更な質問を投げかけてきた。
「私ね、七不思議は信じてるんだ、だから夜の学校は……というより、この教室は怖くないよ」
 そう答えると、綾香ちゃんは一瞬きょとんとした顔を見せてくれた。けれどもすぐに、
「何それ? そんなことってあるの?」
 と尋ねながら、怪訝そうな表情になってしまった。
 そんな表情の変化がおかしくて、私はクスリと笑ってしまう。
「あー! 今笑ったわね、今の質問がそんなにおかしかった?」
 言うなり今度はプクリとむくれてしまった。それはそれで可愛いのだけれど、このままへそを曲げられてしまうのもイヤだし、種明かしをする。
「ごめんごめん、そういうわけじゃないから。綾香ちゃんはうちの学校の七不思議って全部知ってる?」
「ま、大体はね。どれも当たり障りのないものばかりだし。確か『音楽室のベートーヴェン』、『トイレの花子さん』、『夜しゃべる理科室の人体模型』、それに『体育館に佇む少女』と、あとは……」
「あとは『死を招く屋上の13階段』、『3番コースに住む水泳部の亡霊』、『悪魔を呼ぶ家庭科室の合わせ鏡』だよ」
 曖昧に微笑みながら、私は残りの七不思議を列挙した。
「ね、これで大体分からない?」
「うーん……ようは特別教室に好んで行きでもしない限りは大丈夫って言いたいわけ?」
「そういうこと」
「ふーん、そういう考え方もあるんだ」
 私の言わんとすることころをすぐに理解してくれてことが、そして何よりこんな他愛のない会話を綾香ちゃんと今まさにしている、この奇跡自体が嬉しくてたまらなかった。
 思えばこうやって綾香ちゃんとおしゃべりができるようになってから、まだ10日しか経っていない。
 私には他人とはちょっと違ったストレス解消法があった。それは夜の学校で思いっきり泣くこと。誰もいない学校で、存分に泣きはらす。これ以上のストレス解消法があるとは、私には思えない。
 その日も、朝のうちにとても悲しいことがあった私は、いつものように夜になるのを待って、校舎へとこっそり忍び込んだ。けれどもその日はいつもとちょっとばかり勝手が違った。なぜなら私が忍び込んだ教室には、もう綾香ちゃんがいたのだから。
 引っ込み思案で、音楽発表会ではカスタネットだとか、トライアングルだとか……そんな地味な楽器ばかり。文化祭の舞台発表では、脇役しかやらせてもらえなかった私と違って、綾香ちゃんは活発で、運動神経も良くて、私にとっての憧れそのものだった。体育の時のバレーで見せたスパイクや、部活のバスケで見せる華麗なシュート――どれも私には手の届かない夢の形だった。
 そんな綾香ちゃんが、私なんかと普通におしゃべりしてくれることが嬉しかった。
 屈託無く受け容れてくれることが嬉しかった。
 毎晩、私に会うためだけに、こうやって学校まで来てくれることが嬉しかった。
 それだけに……それだけに悔しくて、悲しくて、恨めしくてたまらない。こんな愛しい日々を終わらせなくちゃいけないことが。
「綾香ちゃん……今日は何の日か知ってる?」
「何の日かって? そりゃあ8月31日で、夏休み最終日だけど……それ以上に何かあるの?」
「うん……今日で夏休みは終わりだから……綾香ちゃんとこんな風に会えるのは、これで最後ってことになっちゃうの」
「え?」
 綾香ちゃんは、私が何を言いたいのか、本当にわからないようだった。ちょっとの間ポカンとして、慌てて聞いてくる。
「ま、待ってよ、夏休みが終わると、どうして侑子と会えなくなるのよ。侑子が転校しちゃう……とか、そういうわけじゃないわよね?」
「違うの……そうじゃなくて、夏休みが終わったら、学校が始まっちゃうでしょう? そうしたら……」
「こうやって夜、学校に来られなくなるって? 心配ないよ、うちの親、そういうのにはうるさくないからさ。侑子もそういう心配はいらないでしょ?」
「そうじゃないの。でもだって、綾香ちゃんはこのまま私なんかと一緒にいたら……」
「知ってるよ」
 間髪入れずに言われた一言。それが私の胸に突き刺さる。
「知ってるって……何を?」
 言おうか言うまいか、そんな風に迷う素振りを見せたけれど、綾香ちゃんの決断は早かった。
「侑子さ、幽霊なんでしょう?」
「……しって……たんだ……」
 別に隠していたつもりはないけれど、それでも知られているとは思わなかった。だって、綾香ちゃんはあまりにも自然に私と接してくれるから。
「私が幽霊だって分かっていて……それでも私と、あんなに仲良くしてくれたの?」
「正直、最初は気付かなかったけれどね。でも、私は侑子のことを一度も見たことがないのに、侑子は私のことを……特に体育館での私のことを知っていたから、もしかしたらってね」
 綾香ちゃんの考えている通り、私は七不思議のひとつ、『体育館に佇む少女』と呼ばれる存在だ。
「でも、侑子が幽霊だろうとなんだろうと、侑子は侑子でしょう? 嫌う理由なんて、何一つないじゃない」
 笑顔とともに放たれた綾香ちゃんのその言葉に、きっと嘘はない。彼女の真っ直ぐな瞳を見て、それでも彼女の言葉を疑ってしまうのなら、私はきっと仮初の友達としての資格すら持っていないことになるだろう。
「ありがとう、綾香ちゃん……会ってからたった10日なのに、そこまで私を信じてくれて……」
 そう、綾香ちゃんはこんなにも私のことを信頼してくれている。なら私も、その信頼に応えなきゃいけない。
「だから、綾香ちゃん、もうこんなところに来てる場合じゃないんだよ。これ以上ここに来てたら、本当に引き返せなくなっちゃう」
「……何を言ってるの? 侑子?」
 私が幽霊だってこと、それは伝えなきゃいけないことのうちの半分。でもはっきり言ってしまうと、そんなことはどうだっていい。もっと大事なことに綾香ちゃんはきづいていない……いや、きづこうとしていない。
「綾香ちゃんは、私のことを今まで一度も見たことがなかったって言ってたよね? それがどうして急に見えるようになったのか、考えたことはある?」
「それは……侑子と会うのが夜だから、とか?」
 私は首を横に振り、続ける。
「そもそも私が、どうしてこの教室にやって来たのか、綾香ちゃんは知らないよね?」
「それは……何か悲しいことがあったからって……」
「じゃあその、悲しいことって一体何だと思う?」
「それは……考えたことはなかったけれど……」
 それは綾香ちゃんだからこそ言えること。綾香ちゃん以外のこの学校の生徒なら、きっと誰にだって思い当たる。
「8月21日ってさ、登校日だったよね」
「え? ……う、うん、そうだね」
 綾香ちゃんの狼狽が、目に見えてはっきりする。
「綾香ちゃんは、その日、学校に来た?」
「も、もちろんだよ、だって……」
「嘘だよ」
 間髪入れずに否定する。
「あの日ね、登校途中に不幸な事故に巻き込まれた少女がいたんだよ」
 綾香ちゃんの顔が……元から白かった顔が、透けそうなくらい蒼白になっていく。
「居眠り運転で歩道に突っ込んできた車がいてね、たまたまその場に居合わせた子が、友達をかばってはねられちゃったんだ」
 あの日、全校生徒が、急遽体育館に集められた。そこで聞いた言葉を信じたくなくて、忘れてしまいたくて……私は夜の教室に忍び込んだ。そして……
「ここまで言えば、もう分かるよね、綾香ちゃん」
 綾香ちゃんは、今や全身を小刻みに震わせていた。初めて言葉を交わしたあの時とは、比べ物にならないくらい弱々しいその姿を目にするのは、正直辛い。
「綾香ちゃん……今なら見える……ううん、見えないはずだよ、自分の足が」
 慌てて視線を下に移し、そして同時に見なければよかったといわんばかりに目をつぶる綾香ちゃん。そう、この10日間、彼女は決して教室に足を下ろすことはなかった。正確には、下ろすことを意図せず避けていた。不完全な形で霊となってしまった彼女が、違和感を抱かずに歩くことなどできやしなかったのだから。
「私……死んじゃったの?」
 か細い声で、綾香ちゃんが尋ねてくる。それに対して、私は首を横に振る。
「まだ死んではいないよ。でもこのままじゃ本当に死んじゃう。霊体が体を長い時間、離れすぎちゃっているから」
「じゃ、じゃあ今すぐもとの体に戻れば……」
「助かる可能性はある……ううん、きっと間違いなく助かる。だから綾香ちゃん、早く元の体に戻って」
「そ、そうなんだ、良かった……」
 と、ホッとしたのも束の間、
「でも待って、そしたら……私が元気になったら、侑子とはまた会えるんだよね?」
 私は黙って首を横に振る。
「生きてる人間に、私の姿は見えないの。元々そういう素質があるのなら話は別だけど、綾香ちゃんにそれはないから」
「そんな……折角仲良くなれたのに、侑子ともう一生会えないの?」
「大丈夫。私、独りには慣れているから。それとも……」
 ああ駄目だ、この言葉だけは言ってはいけない。そう思うけれど止められない。
「ここで私と……私だけと一緒に過ごしていく?」
 それは決して言うまいと思っていた……それでいて、私にとってはあまりにも魅力的な未来。いつも隣に話し相手がいて、寂しいなんて言葉からは縁遠い日々。望んではいけない希望。
 ……ほらね、言わなきゃ良かったんだ。綾香ちゃんは優しすぎるから、今にも泣きそうな顔をしちゃってる。
「ごめんね、意地悪言って。でもね、私一人と、自分の命、そして家族や友達のことを考えたら、私一人を選ぶなんて馬鹿なことは言っちゃ駄目だよ」
「……っ!」
「だから……バイバイ、綾香ちゃん」
 私のその一言をきっかけに、綾香ちゃんの姿がより一層透けていく。
「侑子……私は……私は……!」
 そう叫ぶ綾香ちゃんの声も次第に聞こえなくなり、やがて辺りは静寂に包まれた。

 *

「選べるわけないじゃない」
 意識を取り戻した私の第一声はそれだったらしい。
 そう、選べるはずがないのだ。数なんて関係ない。友達を一人だって切り捨てるような選択を、私は望んじゃいなかった。
 家族や友達は、私の10日間の出来事を、夢だと一笑する。
 時々私自身、そんな言葉に挫けてしまいそうになるけれど、それでも私は忘れない。
 1人で泣くには広すぎる夜の学校で、今なおきっと、泣きはらしている彼女に、理不尽な二択を突きつけてきた文句を言ってやるまでは、絶対に。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
この記事へのコメント
最初は設定にわらってしまったけど(すいません)、予想外に惹きこまれました。後半の伸びが好きです。二段伸び?(笑)ショートショート好きなんで期待してます。
2008/08/21 (木) | URL | nabeuchi #-[ 編集]
コメントありがとうございます!
楽しんでいただけたようで何よりです。
やっぱり手軽に読める分、ショートショートはもっと書いていきたいところですねえ。
2008/09/01 (月) | URL | 相応恣意 #-[ 編集]
ショートショート
手軽に読めるというのもあるんですけど、ショートショートって実は一番難しい分野だと思うんですよ。

というのも、中学生の時、星新一にはまったので星新一の発表作を買い漁ってほとんど読ませていただいたのですが、たしかその執筆仲間談みたいなところに「ショートショートは短く完結させないといけないから難しい」ってなことが書いてあったような。

ということでマジでショートショート書ける人尊敬してます。私なんかは小説は書かないのですが、論文は書くことがあるので、その時にいやって言うほどショートショートの難しさを思い知らされます(笑)

あっ深夜のテンションでコメしてるので気にしないでくださいv-282

2009/04/02 (木) | URL | nabeuchi #-[ 編集]
確かに短いという制限が、思いの外重くのしかかってくることは往々にしてあります。
ですが、適度な制限は逆に創造性を生み出すこともあるんです、三大噺のように。
あと、描写力がない自分にとっては、それを誤魔化す意味でもショートショートが有効だったりするんですが、それはここだけの話し、ということで。
2009/04/16 (木) | URL | 相応恣意 #sP6vUlHg[ 編集]
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